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貴社では、パートタイマーや契約社員から「なぜ正社員にだけ夏季休暇があるのですか」と尋ねられたら、その場できちんと説明できるでしょうか。2026年10月、パートタイム・有期雇用労働者への待遇差に関するルールが改正され、この問いにすぐ答えられない企業は、これまでとは違う種類の負担を抱えることになるかもしれません。
今回の法改正は、賃金や待遇そのものを見直すよう求めるものではなく、「なぜその待遇差を設けているのか」を説明できる状態にしておくことを求めるものです。本記事では、この改正の中身を確認したうえで、そこから見えてくる、もう一段深い経営課題について考えます。
【本記事の要点】
- 2026年10月、パートタイム・有期雇用労働者への待遇差について、説明を「資料を活用した口頭説明」または「書面交付」でおこなうことが必須化される
- この改正が求めているのは賃金の平等化そのものではなく、待遇決定の理由を説明できる状態を作ることである
- 会計や営業の判断根拠がデータとして残るのが当たり前になった一方、人事の待遇決定は長く担当者の記憶や口頭伝承に依存してきた
- システムを導入しても、待遇差の理由を言語化するという作業そのものは代替されない
その手当、なぜあるか説明できますか
正社員には家族手当や住宅手当がついているのに、同じ職場で働くパートタイマーや契約社員にはついていない。こうした待遇差は、多くの職場で当たり前の光景として存在してきました。しかし2026年10月から、この「当たり前」に説明を求められる場面が増えるかもしれません。
2026年10月、次のルールが改正され、パートタイム・有期雇用労働者から待遇差の内容や理由について説明を求めることができる旨を、雇い入れ時や契約更新時に明示することが新たに義務付けられます。
- パートタイム・有期雇用労働法の施行規則
- 同一労働同一賃金ガイドライン
- 雇用管理指針
これまで「聞かれたら答える」で済ませてきた待遇差の理由を、今後は最初から説明を求められる前提で持っておく必要が出てくるということです。
2026年10月に何が変わるのか
今回の改正のポイントは複数ありますが、本記事ではとくに、待遇差の「説明の仕方」に関する変更に注目します。
改正後は、待遇差について説明を求められた場合、「資料を活用した口頭による説明」または「説明すべき事項をすべて記載した、わかりやすい内容の資料の交付」のいずれかの方法をとることが必須になります。
あわせて、家族手当は継続的な勤務が見込まれるパートタイム・有期雇用労働者にも正社員と同一の支給を、住宅手当は正社員と同一の転居をともなう配置転換がある場合に同一の支給を、夏季冬季休暇は正社員と同一の付与をおこなうことが求められます。
昇給の場面でも、職務内容や成果、能力、経験といった要素を公正に評価することが必要とされています。
出典・参照:
なぜ人事だけが、「記憶」に頼ってきたのか
ここで注目したいのは、「資料を活用した口頭説明」または「書面交付」という説明方法が必須化された、という一点です。「資料を活用する」「書面を交付する」ためには、その手当や休暇がなぜその条件で設定されているのかという理由を、あらかじめ言語化し、資料として整えておかなければなりません。言い換えると、これは「待遇決定のトレーサビリティ(追跡可能性)」を求める制度だととらえることができます。
不思議なのは、この種のトレーサビリティが、人事以外の領域ではすでに当たり前になっているということです。会計処理は、いつ、誰が、どんな根拠でその仕訳を切ったかが台帳に残ります。営業の商談も、CRMに経緯や判断の分かれ目が記録されるのが珍しくありません。
ところが、社員1人ひとりの待遇という、会社にとって決して軽くない意思決定が必要な人事関連に限っては、その理由が担当者個人の記憶や、口頭で引き継がれてきた慣習の中にしか存在しない状況が長く許容されてきました。
なぜこの非対称性が生まれたのかを考えると、待遇差の多くが、制度設計の当初から明確な基準に基づいて決められたわけではないからではないでしょうか。この点を深ぼると、「そのときの事情」や「周囲との兼ね合い」といった、あとから言語化しにくい経緯の積み重ねで形づくられてきた、という側面が見えてきそうです。
理由が最初から曖昧なまま決まった待遇差は、記録しようにも記録できません。今回の法改正が突きつけているのは、単なる説明義務の追加というより、この長年放置されてきた非対称性そのものなのかもしれません。
システムを入れても、理由は生まれない
「トレーサビリティ」という言葉は、DXの文脈でもたびたび登場します。データに基づいて意思決定の過程を記録し、あとから誰でも検証できる状態にしておくことは、DXが本来目指してきた透明性の1つです。
ただし、見落としてはならないのは、システムを導入すること自体は、トレーサビリティを生み出す作業のごく一部でしかない、という点です。人事システムはあくまで記録を保存する器であり、「なぜその待遇差を設けたのか」という理由そのものは、誰かがその都度言語化して入力しない限り、どこにも生まれません。器がどれだけ整っていても、中身が空であれば、トレーサビリティは成立しないのです。
この限界が見えにくいのは、システム導入という「見える成果」と、理由を言語化するという「見えない作業」が、しばしば同じものとして語られてしまうからかもしれません。人事における待遇決定が担当者の記憶や口頭伝承に依存してきたのも、システムがなかったからというより、理由を言葉にして残すという地道な作業が、これまで誰の役割にもなってこなかったからではないでしょうか。
担当者が異動や退職をすれば、その理由自体が組織から静かに失われていく。人事において、こうした事態が起きるのも、そうした意味では自然なことなのかもしれません。
むしろ厄介なのは、システムを導入したという事実そのものが、「もう対応できている」という安心感を生んでしまうことです。理由を記入する欄が用意された瞬間に、あたかもそこに理由が存在しているかのような錯覚が生まれますが、欄が空欄のまま運用されていても、システムはそれを咎めません。
トレーサビリティを装った器だけが整い、中身の言語化はいつまでも誰の仕事にもならないまま。そんな空洞化こそが、システム先行の落とし穴なのかもしれません。
まとめ:同一労働同一賃金対応力は、人事DX成熟度のバロメーターだ
2026年10月、パートタイム・有期雇用労働者への待遇差について、「資料を活用した口頭説明」または「書面交付」による説明が必須化されます。この改正が求めているのは賃金の平等化そのものではなく、待遇決定の理由を説明できる状態を作ることです。「説明できる状態」とは、待遇決定の理由をデータとして記録・追跡できる状態、すなわち「待遇決定のトレーサビリティ」を持つことと同義です。
同一労働同一賃金への対応力は、単なる法令遵守の巧拙ではなく、人事における意思決定がどれだけ言語化され、あとから説明可能な状態にあるかという、人事DXの成熟度を映す鏡になっているのかもしれません。
次に誰かの待遇について判断を下すとき、その理由をあとから自分の言葉で説明できるかどうか。そのことがふと頭をよぎるようになったとしたら。記憶や口頭伝承に委ねられてきた人事の意思決定を、デジタルの力を借りて理由そのものを履歴として残していく方向へと、少しずつ姿を変えていく第一歩になるのではないでしょうか。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。



