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スーパーの商品棚で「1,980円」、ネットショップで「9,800円」。もう見慣れて、なんとも思わないかもしれません。けれど、1,980円は2,000円より20円安いだけで、9,800円は1万円より200円安いだけです。それなのに、頭のなかで感じる「安さ」は、差額以上に開いて感じられることがないでしょうか。
これは偶然ではありません。価格の末尾を8や9にするのは、昔から使われてきた売り方の1つです。同じように、アプリの「プロフィール完成度80%」の進捗バーや、通知アイコンの右上につく赤い丸も、たまたまそうなっているのではなく、誰かがそう設計しているのです。
数字は、事実を伝えているように見えて、実はこちらの次の行動をうながす仕掛けとして置かれていることがあります。ここでは、身近な3つの数字を例にその仕組みを解き明かし、目の前の数字が自分を助けているのか、それとも追い立てているのかを見分ける物差しを一緒に探っていきましょう。
【本記事の要点】
- 9,800円、進捗バー、通知の赤い丸は、行動を誘導するために設計されている
- 端数価格の効果は、最新の研究では平均するとかなり小さく、「末尾を9にすれば売れる」という単純な話ではない
- 「もう始まっている」と見せると人は続けやすくなる(ある洗車店の実験)
- デジタルではこうした見せ方を大量に配り、効果を測り、人によって出し分けられる
- 助ける数字と追い立てる数字を見分ける問いは、「誰の目的か」「事実か」「やめられるか」である
1つ目:値段の数字
価格の末尾を、切りのいい数字より少し下げる。9,800円、1,980円、298円といった値づけは、日本でもなじみ深いものです。左端の桁が「10,000」から「9,800」へ変わると、実際の差よりずいぶん安くなった気がします。行動経済学では、この「左端の桁」の効き方が古くから研究されてきました。
ただ、効果を過大に見てはいけません。2024年に発表された、69件の研究をまとめた分析によると、切りのいい価格に比べて端数価格が買う判断を後押しする効果は、平均するとかなり小さいものでした。しかも研究によってばらつきが大きく、効果が見られないものも少なくありません。「末尾を9にすれば売れる」という単純な法則ではない、ということです。
それでも、この値づけが世界中で使われ続けているのは、小さな効果でも積み重なれば無視できないから、そして「安く見せたい」という意図をとても簡単に実現できるからでしょう。特に、数字の見せ方を少し変えるだけでいい、というのがポイントです。
次に9,800円という表示を見たら、頭のなかで「1万円との差はたった200円」と言い換えてみてください。それだけで、感じていた「安さ」がひとまわり小さく、実物に近いサイズに戻ってくるはずです。
出典・参照:
2つ目:進捗の数字
- 会員登録の途中で「プロフィール完成度80%」と表示される
- ポイントカードには「あと2個でコーヒー1杯無料」と書いてある
- 学習アプリは「7日連続」と誇らしげに教えてくれる
こうした「あと少し」の見せ方には、人の行動を変える力があります。
ここに、有名な実験があります。ある洗車店で、スタンプを集めると洗車1回が無料になるカードを配りました。1つのグループには「8個ためると無料」の空のカードを、もう1つのグループには「10個ためると無料。ただし最初から2個押してあります」というカードを渡したのです。
どちらも、あと8個ためれば無料になる点は同じです。それでも、無料まで到達した割合は、空カードのグループが19%、最初から2個押されたグループが34%でした。
「ゼロから8個」と「10個のうち残り8個」でやることは同じなのに、後者のほうが続きやすいというのは面白い話ではないでしょうか。そして、この傾向はいくつもの場面で確かめられています。
会員登録の最初の画面で、名前とメールアドレスを入れただけなのに「プロフィール完成度20%」とすでに表示されていたり、アンケートの1問目に答えた時点で進捗バーが「1問目」ではなく少し先まで進んで見えたりするのも、同じ仕掛けです。まだ何も終えていないのに、少し前から始まっている扱いにすることで、続きに進みやすくしているのです。
次に「あと少し」の表示に背中を押されそうになったら、一度立ち止まって、それが自分の目的のための残りなのか、続けさせるための演出なのかを考えてみてはどうでしょう。
出典・参照:
3つ目:通知の数字
スマートフォンのホーム画面で、LINEなどのアプリアイコンの右上に赤い丸がつき、「3」と数字が浮かぶ。あれを見ると、なんとなく開いて「3」を消したくならないでしょうか。ある実験では、複数のアプリアイコンのうち1つだけに赤いバッジをつけたところ、そのアプリが最初にタップされやすくなったという結果が出ています。
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赤い丸は「未処理の何かが残っている」という状態を、常に目に入る場所で知らせ続けます。連続ログイン日数(ストリーク)も、同じように「続いた日数」と「途切れること」を目立つ形で見せる表示です。数字が大きくなるほど、その表示が投げかけてくるものも強く感じられる、という作りになっています。
赤い丸を見て反射的にタップする前に、本当に今すぐ確認する必要があるかどうか、一呼吸置いてみる。それだけで、通知に振り回される時間は変わってきます。
出典・参照:
デジタルだから、数字は「調整」できる
ここまでの3つのうち、価格の端数や進捗の見せ方は、紙のチラシやポイントカードの時代からありました。一方、通知の赤い丸は、スマートフォンだからこそ生まれた仕掛けです。では、これらに共通する「デジタルによる変化」とは何でしょうか。
価格表示も進捗バーも通知も、一度プログラムに組み込めば、何百万人にも同時に配れます。しかも、その見せ方でどれだけの人がクリックしたか、途中でやめたかは、行動の記録から細かく確かめることもできるのです。
そうして得たデータをもとに、今度は人によって、時間帯によって、違う数字を見せることさえできる。配って、測って、また変える。この一連の流れが、ボタン1つで回るようになったのです。
いま自分の画面に出ている数字は、隣の人が見ているものと同じとは限りません。自分の反応をもとに、その表示は日々調整されている可能性があります。
こうして「数字の見せ方」は、自由に作り替えられる対象になりました。ただし、良い面もあれば、注意すべき面もあります。使う人の目的に沿っていれば、進捗の可視化は学習や手続きの助けになります。健康アプリの歩数、貯金アプリの積み立て、締め切りまでの残り日数。これらは、本人が「そうしたい」と思っていることを後押ししてくれます。
問題は、同じ仕掛けが、本人の目的ではなく、売り手や運営側の都合だけのために使われるときです。
- 存在しない期限や在庫を作り出して急がせる
- 断りたい・やめたい選択をわざと見つけにくくする
- 通知を消せないようにして常に気にさせ続ける
こうした使われ方をすると、便利だったはずの進捗バーや赤い丸が、不安や焦りを煽って自由な判断を奪う道具に変わってしまうでしょう。
「助ける数字」と「追い立てる数字」を見分ける
前の章で挙げた「期限や在庫を偽る」「断りにくくする」「消せない通知」は、まさに、同じ「進捗バー」や「赤い丸」が見た目では助ける設計か追い立てる設計か区別がつかないことを利用しています。次のような問いが、その見分け方の目安になるでしょう。
| 問い | 具体例 |
|---|---|
| その数字は、誰の目的のために表示されているか | 使う人の目標か、売り手の売上か |
| 表示は事実にもとづいているか | 在庫数や残り時間、割引率は本当か |
| 断ったり、止めたり、消したりできるか | 通知を切れるか、解約の導線は申し込みと同じくらい分かりやすいか |
| 途切れたときに、不当に強い喪失感や罰を感じさせる作りになっていないか | 連続記録の消滅や、貯めたポイントの失効など |
すべてが「使う人のため」で、表示も正直で、いつでも離脱できるなら、それは有益なフィードバックです。逆に、嘘の残数や期限、消せない通知、解約だけがやたら難しい作りなら、それは行動をゆがめる設計だと考えられます。同じ「進捗バー」や「赤い丸」でも、中身はまったく違うのです。
こうした、嘘の表示、重要な条件を隠すこと、断りにくい作り、しつこい繰り返し、解約させない導線などで、利用者の自由な選択をゆがめる設計は「ダークパターン」と呼ばれます。
これはイギリスのUX研究者ハリー・ブリヌルが2010年に名づけた言葉で、たとえば「残りわずか」という嘘の在庫表示、無料体験がいつの間にか有料契約に切り替わる仕組み、解約ボタンだけが極端に見つけにくいページなどが典型例として知られています。
OECDは2022年、こうした設計を各国横断で整理した報告書をまとめており、近年は各国の行政も注視しています。
もちろん、価格の末尾を8にすることや、進捗バーを出すこと自体が、ただちにダークパターンになるわけではありません。境目は、さきほどの問い(誰の目的か、事実か、やめられるか)にあります。
ただし、日本では、ダークパターンだけを一括で禁じる専用の法律は、2026年の時点でもまだありません。とはいえ、偽の「残り◯分」のように表示が事実と違えば、景品表示法などの対象になり得るため、注意したいポイントです。
出典・参照:
会社の中にも同じ数字のからくりがある
ここまでは消費者としての話でしたが、数字で人を動かしているのは、アプリやお店だけではありません。
会社の会議で見せる数字も、実は同じ性質を持っています。
- 営業ダッシュボードで赤く表示する指標
- 目標達成率の分母の取り方
- あえて画面に載せない数値
どれを強調し、どれを隠すかで、会議の関心も、翌週の動き方も変わります。たとえば、売上を大きく見せれば、利益やクレームは視界の外に置かれてしまうでしょう。また、達成率を「100%」で頭打ちに見せれば、目標を超えて確保した安全な余力(急な欠品や返品に備えた上乗せなど)は、誰にも気づかれなくなってしまうのです。
数字を集めること自体はDXの入り口です。ただ、集めた数字のうちどれを、どう見せるかは、それ自体が組織の行動を決める設計だという意識を持っておくと、ダッシュボードの作り方も変わってくるのです。
まとめ:数字は中立ではない
9,800円の値札、あと少しの進捗バー、通知の赤い丸、そして社内のダッシュボード。ここまで見てきた数字に共通するのは、「数字は中立ではない」ということです。
とはいえ、表示された値が嘘だという話ではありません。9,800円は確かに9,800円だし、進捗80%は80%です。中立でないのは、その数字の見せ方です。
- どこを起点にするか
- どの単位で区切るか
- 何色で、画面のどこに、どのくらいの頻度で出すか
そこには必ず、作り手の判断が入っています。
だからこそ、数字を見たときに、ひと呼吸おいて考える価値があります。「この数字は、自分に何をさせたいのだろう」。値札の8や9、進捗バーの残り、通知の赤い丸。その1つひとつに、誰かの意図があるのです。
そして、いつか自分が数字を見せる側に回ったとき、同じ問いが返ってくるはずです。この数字は、見る人を助けるために出すのか、それとも急かすために出すのか。次に、自分が値段を決めるときや、誰かのために進捗バーを設計するときにでも、少しだけ思い出してみてください。
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。





