ITはなぜ「集中と分散」を繰り返すのか?オープン化が生んだDX時代の経営判断

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ITの世界には、過去50年以上にわたり繰り返されてきた「集中と分散」という大きなサイクルがあります。メインフレーム(汎用機)による集中処理から、PCによる分散処理、そしてインターネットによる再集中へ。この歴史的な揺り戻しのメカニズムを理解することは、現代の経営者がDX(デジタルトランスフォーメーション)推進における「システム選定」や「投資判断」を行う上で欠かせない視点です。

本記事では、IT業界で30年以上変遷を見続けてきた視点から、現在のトレンドである「オープン化」の本質と、中小企業が取るべき「集中と分散のベストミックス」について解説します。

ITシステムにおける「集中と分散」の歴史的変遷

ITシステムにおける「集中と分散」の歴史的変遷

ITの歴史は、「管理の効率性(集中)」と「現場の利便性(分散)」の間で常に揺れ動いてきました。この潮流を把握することで、現在自社が導入しようとしているシステムが、どの位置付けにあるのかを客観的に判断できます。

1.ホストコンピューター時代(集中)

かつて、企業のシステムは巨大なホストコンピューターが一手に引き受けていました。処理能力もデータも一箇所に集中しており、管理は容易でしたが、現場の社員は端末を操作するのみで、業務に合わせた柔軟な変更は困難でした。

2.クライアント・サーバー時代(分散)

PCの普及に伴い、処理能力は個人のデスクへと分散しました。現場での自由度は飛躍的に向上しましたが、個々のPCにおけるバージョン管理やセキュリティ対策が複雑化するという新たな課題が生まれました。

3.WEBコンピューティングとクラウドの時代(再集中からハイブリッドへ)

インターネットの普及により、システムはブラウザ経由で利用する形態へと回帰しました。そして現在、クラウドサービスの台頭により、データや基幹処理はクラウドへ「集中」させつつ、スマートフォンやIoTデバイスなどのエッジ(端末)側でリッチな顧客体験を提供する「分散」処理が同時に進行しています。

つまり、ITはどちらか一方に固定されるものではなく、「集中と分散を繰り返しながら進化する」のが本質です。この前提に立てば、特定の技術に固執することのリスクが見えてきます。

かつての「閉じた世界」と現代の「オープンな世界」

かつての「閉じた世界」と現代の「オープンな世界」

私が日本IBMに在籍していた頃、世界中のコンピュータをネットワークでつなぐという壮大な構想がありました。しかし、それはあくまで「すべてIBM製品で統一された世界」を前提としたものでした。いわゆる「囲い込み(ベンダーロックイン)」の発想です。

しかし、現実は異なります。現代のITは、メーカーやサービスの垣根を越えてつながる「オープンな世界」へと変貌を遂げました。API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース:異なるソフトウェア同士をつなぐ仕組み)を通じて、自社のシステムと外部の優れたサービスを自由に連携させることが可能です。

一社に全てを委ねるのではなく、複数の選択肢を組み合わせ、スピード・コスト・安全性のバランスを取る。これこそが、DX時代における経営判断の要諦です。

中小企業が目指すべきデータと処理の分離

中小企業が目指すべきデータと処理の分離

では、中小企業はこの「集中と分散」のバランスをどのように取るべきでしょうか。一つの解として推奨するのが、「データの保管場所(集中)」と「処理の実行場所(分散)」を意識的に分ける「デカップリング(分離)」というアプローチです。

「データは企業の資産、アプリは消費財」と捉え直すことで、システムの全体像が整理されます。

データの主権を取り戻す(セキュリティとガバナンス)

顧客リスト、販売履歴、製品図面などの「コアデータ」は、自社の厳格な管理下にある場所(自社サーバー、あるいは自社専用のプライベートクラウド領域)に「集中」させます。

多くのSaaS(クラウドサービス)を安易に導入すると、データがあちこちのサービスに散らばり、誰がどこで何をしているか把握できない「シャドーIT」のリスクが高まります

データを一箇所に留め、そこに対して「誰にアクセスを許可するか」を制御することで、法的な規制への対応や監査が容易になり、ガバナンスが効きやすくなります。

アプリケーションは「使い捨てる」前提で選ぶ(ベンダーロックインの回避)

一方で、データの分析や加工といった「処理」を行うアプリケーション部分は、便利なSaaSを積極的に利用し、機能が必要なくなれば解約する、という「分散」的かつ流動的な運用を行います。

データを自社側(あるいは標準的なデータベース)に保持していれば、利用中のSaaSが値上げされたり、サービスが終了したりした場合でも、比較的容易に別の新しいサービスへ乗り換えることが可能です。

具体的な構成イメージ

例えば、顧客台帳(マスターデータ)は自社のデータベースに置き、メール配信や営業管理(SFA)などの機能は、API(連携の仕組み)を通じてその都度最適なクラウドツールを接続して利用します。

「すべてを一つの巨大なクラウドサービスに依存する」と思考停止するのではなく、「守るべき資産(データ)」と「使い倒すべき道具(アプリ)」を切り分けて考える。この設計思想こそが、長期的な経営の自由度とコスト競争力を担保します。

帯邉 昇

執筆者

株式会社MU 営業部

帯邉 昇

新卒で日本アイ・ビー・エム株式会社入社。ソフトウェア事業部でLotus Notesや運用管理製品Tivoliなどの製品担当営業として活動。その後インフォテリア株式会社、マイクロソフト株式会社で要職を歴任した。キャリア30年のほとんどを事業立ち上げ期のパートナーセールスとして過ごし、専門はグループウェアやUC、MA、SFA、BIなどの情報系で、いわゆるDXの分野を得意とする。(所属元)株式会社エイ・シームジャパン。