案内板から読み解くDXの本質は「人の行動を設計する」こと【街で見つけたDX】

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編集部が横浜市役所周辺を歩いていて、ふと足を止めた案内板がありました。最初は「よく見る地図の看板だな」としか思いませんでした。しかし数秒間眺めているうちに、この案内板にはとある仕掛けがあると気付いたのです。

「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と聞くと、多くの現場では真っ先に「システムを導入すること」や「デジタルサイネージへの置き換え」を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし実際に多くの企業で起きているのは、もっと身近な悩みです。

  • 社内ポータルにマニュアルのページを追加した
  • ホームページにFAQを増やした
  • 営業資料に補足スライドを足した

それにもかかわらず、社員からは相変わらず「これどこにありますか」と聞かれ、来客は案内板の前で立ち止まって悩んでいる。その結果、電話や口頭でのやり取りが減らない。これらはすべて、情報が整理されていないことによって起きる現象です。情報は確かに増えているのに、探している人のところへたどり着いていないのです。

本記事では、街で見つけた1枚の案内板から「DXとは情報のデジタル化ではなく、人の行動を設計することである」という視点を読み解き、貴社のホームページ・社内ポータル・営業資料・マニュアルを見直すための判断軸をお伝えします。読み終える頃には「自社のどの1枚から行動設計を始めるか」が決まっている状態を目指しましょう。

【本記事の要点】

  • 案内板の本質は情報表示ではなく、利用者の思考順に沿って行動を設計する仕掛けである
  • 企業のDXも同じで、情報を増やすほど使われなくなる逆説がある
  • 打ち手はサイネージ導入ではなく「誰の・どの行動を・どう変えるか」の言語化から始まる
  • 自社の案内板・掲示物・WEBページから1枚を選び、行動設計の視点で組み直すのが第一歩

目次

横浜市役所の案内板で気付いた「並び順」の違和感

横浜市役所の案内板で気付いた「並び順」の違和感
編集部による撮影

編集部が横浜市役所周辺を歩いていたとき、敷地の一角に3枚並んだ案内板を見つけました。それは、パッと見よくある観光地の総合案内となんら変わりません。しかし配列をよく見ると、左から「市役所案内」「敷地案内」「周辺案内」の順に並んでいたのです。

この並びは偶然ではなく、来庁者の思考の流れをそのまま形にしたものなのでは? そう気付いた瞬間、それは案内板というよりも「行動を設計する装置」に見えてきたのです。本章では、なぜこの並びに違和感を覚えたのかを整理します。

並び順が答えていたのは、空間の広さではなく疑問の順だった

写真の案内板を左から見ると、「各階案内」「敷地案内」「周辺案内」の順に並んでいます。一見すると、「建物内部→敷地→周辺」という空間の広さの順に並べただけのようにも見えます。しかし、それぞれの案内板が実際に答えている内容を読むと、違う意図が見えてきます。

左の「各階案内」が答えるのは「用件を済ませる窓口は何階か」という、来庁者が真っ先に知りたい情報です。中央の「敷地案内」が答えるのは「その窓口までどう歩くか」。そして右の「周辺案内」が答えるのは「用事が終わった後にどこへ寄れるか」です。

並び自体は空間のスケール順と重なっていますが、その中身は来庁者が実際に抱く疑問が生まれる順番のとおりに設計されています。

案内板は情報を「並べる」のではなく、行動を「設計する」

情報を配置するとき、多くの現場では情報のカテゴリーで並べます。しかしこの案内板は違いました。並んでいるのは情報ではなく、来庁者が次に取るであろう行動の順番でした。

ここで気付いたのは、案内板の本当の役割は情報伝達ではなく、迷わずに目的を達成させる「行動の設計」だという点です。この発想の転換は、企業のDXにも直接つながっていきます。

その1枚は「情報設計」ではなく「行動設計」だった

案内板を眺めているうちに、これは情報設計ではなく行動設計だという確信を持ちました。情報設計は「何を載せるか」「どう分類するか」を扱いますが、行動設計は「利用者が次に何をするか」を先回りして仕掛ける発想です。本章では、両者の違いと、なぜ行動設計の視点が現代のDXに欠かせないのかを整理します。

情報設計と行動設計の違い

情報設計と行動設計は近い概念に見えて、目的地が違います。次の表で違いを整理します。

観点情報設計行動設計
出発点何を載せるか利用者に何をさせたいか
評価基準網羅性・分類の整合性目的達成率・迷わなさ
成果物サイトマップ・目次動線・順序・仕掛け
失敗パターン情報が増えても使われない意図と違う行動が起きる

情報設計だけで止まると「載っているのに使われない」状態が起きます。案内板の並び順を決めるのは情報設計の仕事に見えて、実は行動設計の判断です。読者に問いかけたいのは、自社のWEBサイトや社内ポータルが情報設計で止まっていないか、という点です。

ウェイファインディングという既存の学問領域

「利用者を目的地へ迷わず導く」という考え方は、環境心理学の中で「ウェイファインディング」と呼ばれてきました。看板を設置するだけではなく、記名サインやサインシステムといった環境要素を通して人を目的地へ導く設計思想の総称です。案内板や誘導サインを「装置」としてではなく「体験の一部」として捉える発想は、企業のWEBやポータル設計にもそのまま持ち込めます。

出典・参照:

企業DXでよく起きる「情報はあるのに使われない」問題

案内板の話を、一般企業がDX推進の過程で課題となる「情報伝達」に当てはめて考えてみましょう。多くの中小企業でよく起きているのは「情報はあるのに使われない」という状態です。

  • ホームページ
  • 社内ポータル
  • 営業資料
  • FAQ
  • 業務マニュアル

企業では、こうした情報の置きどころを時間をかけて整備したものの、現場で活用されず、「使いにくい」と言われるのに何を直せばよいかわからない、という声をよく耳にします。本章では、その根っこにある共通の原因を掘り下げます。

情報を増やすほど使われなくなる逆説

「使われないなら情報を足そう」という判断は、多くの現場で自然に選ばれます。しかし情報というものは多ければいいというものではありません。整理されていない状態で情報を足すほど、目的の情報にたどり着くコストは上がってしまうでしょう。

目次が長くなり、階層が深くなり、検索しても関係のない候補が並ぶようになってしまうのです。結果として利用者は探す前にあきらめ、詳しい人に電話やチャットで聞く、という属人化した運用に戻ってしまいます。情報を増やすほど利用が下がる逆説は、案内板に地図を重ねるほど読めなくなる現象と同じ構造です。

「使いにくい」の正体は探索コスト

利用者が「使いにくい」と言うとき、その多くはデザインや画面の問題ではなく、目的の情報にたどり着くまでの探索コストの問題です。何回クリックすれば申請書に着けるか、何段階のメニューを開けば経費規程が読めるか、という「歩数」、つまりサイトやファイルの「階層構造」が体感の使いやすさを決めているのです。

DXを画面のリニューアルとしてだけ捉えると、この探索コストが減らないまま見た目だけが変わり、現場から「変わっていない」と言われることになります。

出典・参照:

DXは「探させない・迷わせない」設計である

ここまでの整理を踏まえると、DXが目指すべきは情報のデジタル化ではなく

  1. 探させない
  2. 迷わせない
  3. 次の行動へ自然につなぐ

という、順序設計です。本章では、この設計を支える2つの視点として、ウェイファインディングと行動経済学のナッジを紹介します。どちらも案内板やWEBサイトを「行動設計ツール」として捉え直すための実務的な考え方です。

行動経済学のナッジという発想

環境省は2017年4月に府省庁で初となる「日本版ナッジ・ユニット(BEST:Behavioral Sciences Team)」を発足させ、行動科学を社会実装する取り組みを始めました。「ナッジ」は強制せずに望ましい行動を促す仕掛けです。経済産業省が2020年3月に庁舎内店舗で行ったレジ袋実験では、辞退カード提示方式でレジ袋辞退率が約75%に達したと公表されています。

この中で、福井県高浜町では特定健診とがん検診の一体化と申込フォームの簡素化により、受診率が36%から53%へ改善したとされています。案内板が「行きたい方向へ自然と足が向く」ように作られているのと同じで、ナッジも人の判断を強制せずに動かすのです。

案内板・WEB・ポータルはすべて行動設計ツール

ナッジやウェイファインディングの視点を取り入れると、案内板もWEBも社内ポータルも、すべて「利用者の次の行動を作る装置」として同列に扱えます。装置の種類が違うだけで、設計の問いは同じです。誰の、どの行動を、どう変えたいのか。この問いに答えられない状態でシステムを刷新しても、行動は変わらず、投資対効果も測れません。

ナッジは万能ではないことも押さえる

ナッジや行動設計はコストが低い一方で、あらゆる場面で効くわけではありません。EY Japanの解説では、高額な省エネ家電の購入促進など長期的で負荷の重い意思決定にはナッジの効果が限定的で、経産省の令和2年度実証でも省エネ家電向けバナー・LPの効果はほぼ確認されなかったと報告されています。「安いから何にでも効く魔法」ではなく、行動の性質を見極めて使う設計技法として扱うのが現実的です。

出典・参照:

DXportal®編集部

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