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【第1回】旭工業株式会社 代表取締役社長 橋本明秀氏
「DXの本質は、デジタル技術の導入ではなく『企業文化の変革』にある」
そう語るのは、「DXセレクション2024」に選定された旭工業株式会社の代表取締役社長・橋本明秀氏(以下、橋本氏)です。
2026年に創業79期を迎えた旭工業ですが、かつては「問題だらけの工場」でした。職場環境は整わず、従業員の意識も低い。こんな状況に危機感を抱いた橋本氏は、標準化・ルール運用・データ可視化を徹底し、現場主導の改善文化を構築しました。
その結果、設備投資なしで「生産性31%向上、経理業務95%削減」といった成果を生み出しました。さらにAIを活用して品質管理や業務効率を高めつつ、人材育成も仕組み化しています。
DX導入の極意は、「課題をアナログで可視化すること」と言い切る橋本氏。DXportal®がお送りする新たなインタビューシリーズ「DX推進企業のキセキ」の第1回目では、現場の改善を経営戦略にまで昇華させた、旭工業のDX成功の軌跡をひも解きます。
【本記事の要点】
- DXの本質は便利なITツールの導入にあるのではなく、業務プロセスの可視化・標準化・ルール徹底を通じた「企業文化の変革」にある
- 設備投資なしで生産性31%向上・経理業務95%削減を実現した背景には、デジタル化に先立つ1年間のアナログによる業務設計があった
- 「数字と固有名詞がない報告は受け取らない」「全社員に万歩計の着用を義務付ける」など、徹底したデータ可視化が改善文化の土台となっている
- DXに完成はなく、AIを含む技術は常に進化する。重要なのはツールを使いこなす人材と、現場主導で守られる標準化の仕組みである
会社概要とこれまでの歩み
まずは、旭工業の会社概要をお聞かせください。
橋本氏

「当社はもともと東京都荒川区で創業し、現在は79期目を迎える精密板金加工の専門企業です。拠点は東京・岩手・埼玉にあり、製造は岩手工場と上尾工場の2拠点体制です。
創業当初は精密板金ではなく、プレス設計の会社でした。その後、時代の変化に合わせて事業内容を進化させてきました。埼玉の上尾工場は1981年、岩手工場は1990年に設立されており、いずれも長い歴史があります。
3拠点をVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)で接続したのが2005年頃で、当社では比較的早い段階からネットワークによる連携を進めてきました。私自身は1996〜97年頃に入社し、30代前半で三代目の代表に就任しました。」
DX認定も取得されていますね。
橋本氏
「はい。2023年12月にDX認定を取得しました。岩手県内では3番目でしたが、全国的に見ても当時はまだ取得企業は多くありませんでした。
翌年にはDXセレクションにも応募し、受賞しています。これは新しい取り組みというより、これまで積み上げてきたことを整理して評価いただいたものです。受賞への準備期間は1か月半ほどでした。」
技術偏重では会社は変わらない
多くの企業でDXが上手く進まない理由はどこにあるとお考えですか。
橋本氏
「DXが進まない理由は単純で、『現状が非効率であると認識できていない』からです。
工場でも、日々の業務が実際に価値を生んでいる時間はごくわずかです。しかし、それが可視化されていないため、無駄に気づけないのです。
例えば、溶接作業で価値を生んでいるのは、実際に接合している瞬間だけです。それ以外はすべて付帯作業ですが、その区別が見えていません。だから、そうした付帯作業の積み重ねが『非効率だ』と認識できず、『改善すべき』とは考えないため、改善も進まないのです。
DXの本質は便利なITツールの導入にあるのではありません。それよりも、『業務プロセスの可視化と改善』にこそあるのです。しかし、多くの企業ではそれを認識できていないため、DXがうまく進まないのではないでしょうか。」
シリコンバレーで受けた衝撃:日本の現場とのギャップ
橋本社長が、DXに関心を持たれたきっかけは何だったのですか。
橋本氏

「きっかけは、24歳のときに訪れたシリコンバレーでの経験です。1994年頃でした。当時、日本ではまだドラフター(手書き用の製図器具)で図面を描いていましたが、シリコンバレーではすでにCADが普及し、さらにインターネットで図面がやり取りされていました。
当時の私はメールすら知りませんでした。そのため、日本とシリコンバレーの業務効率の差に衝撃を受け、『このままでは日本は遅れる』と強く感じたのです。
そこで、帰国後すぐにパソコンを購入し、インターネットを使い始めました。これが当社におけるDXの原点です。」
働き方の違いにも驚かれたとお聞きしました。
橋本氏
「海外企業で印象的だったのは、長期休暇が当たり前に取れることです。それが可能なのは、業務が標準化されているからでしょう。誰か特定の従業員がいなくても仕事が回る。つまり、属人性が排除された業務の標準化が行われているのです。この状態こそがDXの本質だと考えています。
一方、日本は暗黙知に依存しがちです。この習慣は、DXを進める上で大きな障害になります。つまり、企業がDXを正しく進めるためには、業務の標準化と明確なルール設定が不可欠なのです。」
「5年後は危ない!?」問題だらけの工場からの出発
旭工業が、DXに取り組まれた背景を教えてください。
橋本氏
「私は、約27年前に岩手工場に通い始めました。当時会社の状態は決して良いものではなく、むしろかなり問題が多かったと言えます。職場環境は整っておらず、従業員の意識も低い。何しろ、社員の引き出しを開けるとグラビア雑誌が入っていたぐらいです。
『このままでは5年後に危ない』と危機感を抱き、私はそこから会社の改革に着手し、DXの推進をはじめました。ただ、当初からDXという言葉があったわけではありません。振り返ると、やってきたことはすべてDXにつながっていた、という感じでした。」
具体的には、何から着手されたのでしょう。
橋本氏
「まず徹底したのは極めて基本的なことです。
『やるべきことをやる』
『やってはいけないことはやらない』
『決めたことを守る』
企業として、会社と従業員の姿勢がこうした当たり前のことに向いていなければ、どんなデジタル施策も機能しません。だからまず、業務に対する基本姿勢の意識改革を徹底することからはじめました。
人材も同様です。優秀な人材が自然に集まることはありません。であれば、仕組みを作り、教育によって育てるしかないと考え、実行してきました。」
効率的でスマートな仕事を科学する
橋本社長は、DXをどのように定義されていますか。
橋本氏
「私の考えるDXは『効率的でスマートに仕事をすること』です。精神論ではなく、誰が見ても分かる状態をつくることが重要だと考えています。
製造業では『情報→計画→段取り→効率→利益』という流れがすべてです。この流れが成立して初めて利益が生まれます。どこか一つでも欠ければ成果は出ません。この考え方は業種を問わず共通だと言って良いでしょう。」
「標準化」「見える化」「ルール」「文化」DX以前のアナログ整備が肝
DX推進で重視されていることは何ですか。
橋本氏

「DX推進で最も重要なのは、『文化』です。
先ほどお伝えしたとおり、企業としてかつては当たり前のことすらできていなかった当社ですが、現在は『やるべきことを必ずやる』という文化を徹底しています。
DXではデータの信頼性が前提です。つまり、一人でもその日のデータ入力を怠れば、データの信頼性は崩れてしまうのです。たとえば、勤怠打刻すら正確にできない会社では、決してDXは成立しません。
そのため、当社ではルール違反に対して明確なペナルティを設けています。ただし、目的は罰することではありません。『守る文化をつくる』ことです。」
「やるべきことを必ずやる」という文化が、かなり徹底されているのですね。
橋本氏
「また、当社は『数字と固有名詞がない報告は受け取らない』というルールも徹底しています。抽象的な議論は一切しません。象徴的な例として、社員全員に万歩計の着用を義務付けています。1日7000歩も歩いていれば、それは非効率だからです。すべてデータで可視化します。
さらに、全社員が月2回、1分間スピーチを実施しています。これにより改善提案は年間50件から1,250件に増加しました。質を高めるには、まず量が必要なのです。
評価についても、売上ではなく工程ごとの工数で判断します。その結果、設備投資なしで生産性を31%向上させることができました。」
業務標準化の重要性をどう捉えていますか。
橋本氏
「当社のDXは単なるIT導入ではなく、以下を基盤としています。
- 標準化
- 見える化
- ルールの徹底
- 文化づくり
特に重要なのが標準化です。『標準化なくして改善なし』と考えています。」
ITは手段に過ぎない:導入前1年間の「アナログ設計」
生産管理システム導入の経緯を教えてください。
橋本氏
「当社では、生産管理システムを2005年に導入しました。ただし、その前に1年間かけて業務整理を行いました。まずアナログで業務を整理し、『何が課題か』『何をデジタル化すべきか』を洗い出したのです。その上で他社見学や展示会を通じて理解を深め、ようやく導入に踏み切りました。
システム導入前に、アナログな手段で『情報』『計画』『段取り』を整えていたため、導入後は1か月で立ち上げることができたといってよいでしょう。準備もせず、やみくもにシステムを導入しても失敗するだけです。システムはあくまで手段であり、本質は運用設計にあるからです。」
バックオフィスのDXも進めていますね。
橋本氏
「はい。現在は会計・勤怠・バックオフィス業務をすべてクラウドで連携しています。データは自動的に集計・可視化され、会議ではその結果だけを確認します。
この仕組みにより、10年前と比べて経理業務は約95%削減されました。事実、請求書は開封せずにスキャン処理され、自動仕訳されます。目標は『経理業務1日30分』です。
現在の経理担当は23歳の新卒社員ですが、仕組みがあるため未経験からでも問題なく回せています。これは個人の能力ではなく、あくまもで仕組みの力です。」
AI活用についてはいかがですか。
橋本氏
「AIは積極的に活用しています。Gemini、ChatGPT、Claudeを用途に応じて使い分け、RAG構成で社内データと連携しています。
たとえば品質管理では、過去の不良データをAIに学習させ、新人でも過去事例を参照できる仕組みを整えています。
ただし、いきなりAIに頼ることはさせません。必ず人が仮説を立て、その上でAIを使う。この順序が重要です。人材育成と同じで、考える力を失ってはいけないからです。」
人は辞める、しかし文化は揺るがない
組織変革はスムーズだったのでしょうか。
橋本氏
「正直に言えば、人はかなり辞めました。入社後10年で半分以上が離職しています。それまで管理されていなかった環境に、急にルールを持ち込んだため反発は当然でした。
ただ当時は人材の流動性も高く、『合わなければ去る』という状態でした。現在は同じやり方は通用しません。そのため、より仕組みで支える設計に変えています。」
社員にDX推進を徹底させるために行っている施策を教えてください。
橋本氏
「毎年『経営計画書』を作成し、全社員に配布しています。PLと5カ年計画を含め、すべて数値で示します。これが会社のバイブルです。
ルール違反は方針違反として扱い、ペナルティを設けています。たとえば会議遅刻や社用車の速度超過には罰金があります。重要なのは公平性です。当然ながら、社長である私も例外ではありません。
また、標準化はトップダウンではなく現場主導で進めています。これは、過去の経験から学んだ方法論です。
先ほどもお伝えしたとおり、私は『標準化なくして改善なし』という考えをもっており、それを実践するために最初の標準化マニュアルを作りました。しかし、現場から『使えない』と言われてしまったのです。
そこで、現場に改善を委ねながら新たなマニュアルを作りなおしました。結果、現場従業員も『自分たちで作ったものは守る』という文化が生まれ、標準化が徹底されたのです。
現在では、すべての業務が履歴として残り、誰が何をしたかが可視化されています。不良の隠蔽もできません。」
DXに完成はない:文化として進化し続ける組織づくりが重要
DXを始める企業へのアドバイスをお願いします。
橋本氏
「最初に取り組むべきはデジタル化ではなく、アナログによる設計です。まずは自社の課題を書き出すこと。自分たちが何に困っているのかを把握しない限り、DXは始まりません。
たとえば『3年後、5年後に困ること』を100個書き出してみる。そこからすべてが始まるでしょう。それが出てこなければ、そもそも課題認識が不足しているのです。
その上で、課題をアナログでどう改善できるか、解決方法を考えます。その次に、アナログによる解決方法をデジタルで置き換えるのが正しい順番です。それができて初めて、デジタル化の意味が出てきます。ソフトウェア会社などの提案を鵜呑みにするのではなく、自分で理解することが重要なのです。
また、他社から学ぶことも重要です。製造業に限らず、飲食やサービス業など、あらゆる業種にヒントがあります。DXはツール導入ではありません。仕組みと文化をどう作るか。その一点に尽きると思います。」
最後に、今後の展望をお聞かせください。
橋本氏
「DXに完成はありません。技術は常に進化しています。たとえば、今後はAI活用がさらに重要になりますが、それ以上に重要なのは『現場の人間が使いこなすこと』です。
また、どれだけデジタル化が進んでも、人と人のコミュニケーションの価値はなくなりません。むしろ、そこが差別化のポイントになると考えています。」
取材を終えて
橋本氏の言葉に一貫しているのは、「DX=技術導入」ではなく、「DXとは経営そのものである」という思想です。徹底した標準化とルール運用、そして数字による可視化。その積み重ねこそが、結果としてDXと呼ばれているに過ぎないと捉えています。
特に、DXを進める以前に、まずは「3年後、5年後に困ること」を書き出し、アナログで解決できないかを考えてみる。その上で、デジタルに置き換えられるものは置き換えていけばよい。このメッセージは印象的でした。
多くの企業が「何から始めるべきか」に悩む中で、橋本氏が提示する答えは意外にもシンプルでした。「やるべきことをやる」。この基本を、どこまで徹底できるかが問われているのではないでしょうか。
DXportal®編集部
旭工業株式会社
東京(荒川区)に本社を置き、上尾工場(埼玉県上尾市)と花巻工場(岩手県花巻市)の3拠点で営業。創業当初の油圧プレス機の設計及び絞り加工から始まり、精密板金加工に推移し加工技術を蓄積し、現在に至る。「常に製造技術の可能性を追求し、家族に誇れる製品を持って世界の豊かな社会生活の実現に貢献する」を経営理念とし、特に「職人の頑固さとITを駆使した仕組みを融合させた生産管理」など、DX先進企業として数多くの認定・章などを受け注目を集めている。
- 社名:旭工業株式会社
- 本社:東京都荒川区西尾久7-58-5
- 代表取締役社長:橋本明秀
- 事業概要:精密板金加工、精密溶接、組立てなど試作、小・中ロット、量産まで幅広く柔軟に対応。
- URL:https://www.asahi-ind.co.jp
執筆者
DXportal®運営チーム
DXportal®編集部
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