【新人DX担当の教科書⑭】DX担当が決めていいこと・いけないこと|経営者との権限の線引き

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他部署のデータを使って、無料のAIツールを試してみたい。でも、それを自分の判断で進めてよいのか分からない。あるいは、ベンダーの営業担当から「御社のご決裁者はどなたですか」と聞かれて、答えに詰まったことはないでしょうか。

DX(デジタルトランスフォーメーション)担当として小さな改善を動かせたあとに手が止まる理由は、どこまで自分で決めてよいのか、つまり権限の範囲が曖昧なことにあります。何を、誰が決めるのかが、決まっていないのです。

本記事では、DX担当が自分で決めていいことと、決められないことを分ける進め方を整理します。決めごとを3つの区分に仮置きし、経営者に確認して、合意した内容を、業務の課題と経営者への確認事項をまとめたA4用紙1枚に残すところまでを解説します。

【本記事の要点】

  • 改善の次の一歩で手が止まる理由は、何を誰が決めるのかが決まっていないことである
  • DX担当の決めごとを6つに分け、3つの区分に仮置きする
  • 区分は担当者の自己申告ではなく、社長や上司に確認する仮説であり、合意した内容と確認日を、改善の内容を書いたA4用紙1枚に残す
  • 外部サービスへ業務データを入れるのは、担当者が単独で決めない代表例である

このシリーズのこれまでの回は、新人DX担当の教科書のシリーズページからまとめて読めます。ここまでの流れを振り返りたいときにご活用ください。

DX担当が改善を進める前に、決めていいことと決められないことを分ける

データ、アカウント、ツール、費用に関する判断をDX担当から決める人へ渡す流れを示す図。

DX担当が最初に手がける改善は、業務の中の小さな困りごとを1つ選び、手元でできる範囲で直すものです。たとえば、発注データの入力をテンプレート化する、といった取り組みです。とくに、自分の担当業務の中で完結する改善は、担当者が動かしやすいものです。

ところが、その改善を一歩先へ広げようとすると、他部署のデータを使う、外部のツールを試す、費用をかける、といった場面が出てきます。ここから先は、担当者の持ち場を越える判断が含まれます。

では、なぜ改善の次の一歩で手が止まるのでしょうか。この章では、その理由と、判断を引き受ける人は誰なのかを整理します。決める対象は、データ、アカウント、ツール、費用の4つです。

経営スポンサーは新しい役職ではなく、判断を引き受ける人

DXの取り組みには、経営スポンサーと呼ばれる役割があります。難しい言葉に聞こえますが、新しい役職を作る話ではありません。担当者だけでは決められないことを引き受け、止まったときに判断する人のことで、具体的には次のような役割を担います。

  • 取り組みを進めるか、止めるかを決める
  • 使ってよい費用や時間の範囲を決める
  • 部署をまたぐ調整や、意見がぶつかったときの判断をする

こうした判断は、担当者の持ち場を越える決定です。中小企業では、社長自身が経営スポンサーを兼ねてかまいません。経営者が判断を引き受けることは、公的な資料でも重視されています。

経済産業省の『デジタルガバナンス・コード3.0』は、DXを経営の一体的な取り組みとして位置づけています。同じく経済産業省の『中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025』は、経営者がリーダーシップを取ることを、成功のポイントに挙げています。

つまり、DXは担当者が1人で決めて進める仕事ではなく、経営者が判断を引き受けながら進める仕事です。担当者の役目は、自分で決められないことを見分け、決める人へ確実に渡すことにあります。

協力してくれる人と、決める人は同じとは限らない

DX担当が改善を進めるときは、まず社内で話を聞き、味方を増やします。会うべき相手は、次の5人です。

  • 社長
  • 現場のベテラン
  • 実務担当
  • 管理部門
  • 慎重派・反対派

それぞれに何を聞くかは、本シリーズ第2回のDX担当が最初に会うべき社内の5人で詳しく解説しています。ここで集まった味方は、改善を進めるときの協力者です。

ただし、協力してくれる人と、決定の結果を引き受ける人は、同じとは限りません。現場のベテランが快く協力してくれても、他部署のデータを使ってよいかどうかを決めるのは、そのデータの責任者です。

話を聞いて味方を増やすだけでは、判断の範囲は決まりません。決めごとごとに責任の帰着点を確認し、聞きっぱなしにせず、具体的な改善に対する判断の範囲へ更新していきましょう。

DX担当の決めごと6つを、3つの区分に仮置きする

6つの決めごとを、自分で進める、関係者と合意する、承認後に進めるの3区分へ仮置きする図。

前の章で見たとおり、改善の次の一歩で手が止まるのは、何を誰が決めるのかが決まっていないからです。では、どこまでが自分で進めてよい範囲で、どこから先が誰かに決めてもらう範囲なのでしょうか。

この線は、「担当者に権限がある・ない」と一括りに引けるものではありません。同じ外部ツールでも、架空のデータで無料機能を試すだけなら担当者が進められる場合がある一方、実際の業務データを入れるなら、決める人の承認が要るからです。線は担当者の立場で決まるのではなく、何を、どんな条件で決めるのかによって変わります。

そこでこの章では、DX担当が日常で迷う決めごとを6つに分け、それぞれを3つの区分に仮置きします。仮置きとは、担当者が自分で決めるのではなく、「このあたりが線ではないか」という案を置くことです。ここで示す表は、次の章で社長に確認するための、たたき台の仮説です。

DX担当が迷う6つの決めごと

DXの仕事の判断は、データ、アカウント、ツール、費用に関わる日常の決めごとに分けられます。判断の対象ごとに、次の6つで考えます。

決めごと対象・上限・条件の例区分(仮置き)決める人の例
公開情報を調べ、候補を比較する契約も、データの入力もしない合意済みの範囲なら自分で進めてよいDX担当
架空データで無料機能を試す会社・顧客・従業員の実データを入れない。業務の運用を変えない合意済みの範囲なら自分で進めてよい(会社のルールを先に確認)会社ごとに確認
他部署のデータを使う閲覧権限、目的、範囲、持ち出しの有無関係者と合意してから進めるデータ・業務の責任者
外部サービスへ業務データを入れる個人情報、営業秘密、保存先、契約条件、アカウントの作成や利用規約への同意を含む決める人の承認後に進める経営者、または社内規程上の責任者
費用をかける・契約する金額だけでなく、継続課金、解約、追加費用決める人の承認後に進める社内の決裁者
試行を止める問題の発生、目的の未達、期限の到来止める権限を、始める前に確認する会社ごとに確認

この表の中で、6つ目の「試行を止める」は案外見落とされがちな決めごとです。しかし、始める人だけでなく止める人も最初から決めておくと、問題が起きたときに誰も動けない状態を避けられます。

3つの区分と、迷ったら止めて確認する共通ルール

仮置きに使う区分は、次の3つです。全行に共通するルールを1つ、表の冒頭に置きます。

区分意味
共通ルール:迷うとき、条件外のとき進めずに止めて、決める人へ確認する
合意済みの範囲なら自分で進めてよい対象・上限・条件を社長や上司と確認し、その範囲内であれば担当者が進める
関係者と合意してから進める関係する部署や責任者の合意を得てから進める。相談しただけでは進めない
決める人の承認後に進める決める人が承認してから進める。承認者と承認の記録を残す

「関係者と合意してから進める」は、相談した事実ではなく、合意が得られた事実を条件にする区分です。データの管理者や現場の責任者が反対している間は、進める段階にありません。

この区分は、担当者が自分で決めるものではなく、経営者に確認する仮説です。社内にすでに規程や職務権限、決裁のルールがある場合は、それが優先されます。

外部サービスへ業務データを入れるのは、担当者が単独で決めない

6つの決めごとの中でも、外部サービスへ業務データを入れる判断は、担当者が単独で決めない代表例です。無料のサービスでも、実際のデータを入力する、アカウントを作る、利用規約に同意する、外部へ送信される、といった行為がともなうことがあるためです。

たとえば、次のような架空のモデルケースで考えます。発注データの入力をテンプレート化したDX担当が、次の改善として、発注データの整理を外部の無料AIツールに任せたいと考えたとします。発注データには、取引先の名称や担当者名、金額が含まれる場合もあるでしょう。

この判断が、便利そうだからという理由だけでは決められない根拠は、公的な資料にも示されています。個人情報保護委員会の『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)』では、個人データの取扱いを委託する場合、委託元に委託先への必要かつ適切な監督が求められるのです。ガイドラインは、リスクに応じた委託先の選定を示すほか、委託契約への取扱条件の盛り込み、取扱状況の把握と評価、再委託時の確認を、望ましい措置として挙げています。

中小企業向けには、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の『中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン 第4.0版』の付録7『中小企業のためのクラウドサービス安全利用の手引き』があり、クラウドサービスを使う前の確認事項として、次のような項目を挙げています。

  • どの業務で使うのか
  • 扱う情報の重要度
  • 管理担当者
  • 利用者の範囲
  • 終了時のデータの扱い
  • データの保存国・地域

担当者の仕事は、これらの確認事項を決める人へ渡すことです。適法かどうか、安全かどうかといった個別の判断は、社内の個人情報や情報セキュリティの責任者、IT担当、必要に応じて外部の専門家に確認します。

実データを入れる前に、決める人の確認を挟む。この一手間を、表の行として最初から残しましょう。

権限の表は自己申告にせず、経営者に確認して合意を残す

決めごとと決める人を確認の場で確かめ、合意内容と確認日を表へ残す流れを示す図。

仮置きした表は、どのように社長や上司へ確認すればよいのでしょうか。この章では、確認した合意を、改善の内容を書いたA4用紙1枚に残す進め方を説明します。表を書いただけでは、権限は生まれません。

改善の内容を書いたA4用紙1枚を持って、確認の場に入る

確認の場には、改善したい業務と、経営者に確認したい問いを書いたA4用紙1枚を持って入ります。「経営者に確認したい問い」の欄から入ると、改善の話から決める人の話へ自然につなげられます。この1枚の作り方は、シリーズの別の回で解説しています。

仮置きした表は、この1枚に足す形です。追記する項目は次のとおりです。

追記する項目書くこと
決めごと6つのうち、今回の改善に関わるもの
対象・上限・条件進めてよい範囲。たとえば、実データを入れないこと
区分合意済みの範囲なら自分で進めてよい/関係者と合意してから進める/決める人の承認後に進める
決める人氏名または役割
確認日合意した日。見直しの条件も添える

確認の場では、「この範囲は、担当者が進めてよいでしょうか。それとも承認が必要でしょうか」と、決めごとごとに聞きます。合意できた内容は、その場で決める人と確認日を書き込みます。

決める人が決まらないとき、社長がすべて兼ねるとき

確認の場では、決める人が決まらない行や、社長がその場で答えを出せない行が出てきます。そうした行は、担当者が推測で埋めてはいけません。「要確認」と書いて残し、誰がいつまでに答えるのかを確かめておきます。「要確認」の行は、確認すべきことがはっきりしている印であり、不備ではありません。

小さな会社では、社長が経営スポンサー、費用の決裁者、データの最終責任者を兼ねることがあります。兼ねること自体は問題ありませんが、大切なのは、社長が今どの立場で何を決めているのかを混ぜないことです。

たとえば、費用の承認と、データを外へ出してよいかの承認は、同じ社長が答えても別の判断です。別の行として、それぞれ確認と記録を残しましょう。

始める前の確認:つまずき・チェックリスト・この1週間でやること

決めごとを書き出し、区分を仮置きし、経営者へ確認して、結果と日付を残す1週間の流れを示す図。

表を作ったあと、何を確かめ、どこまで進めればよいのでしょうか。この章では、気をつけたいつまずきと、確認項目、この1週間の行動をまとめます。

よくあるつまずき

つまずきは、主に2つあります。

1つ目は、表を書いただけで権限があると思い込むことです。表は仮説にすぎず、社長や上司と合意して初めて、迷わず動ける根拠になります。

2つ目は、表を埋めること自体が目的になることです。完成の基準は、空欄のない表ではありません。迷ったときに誰へ上げるかが、担当者と社長のあいだで確かめられている状態です。

チェックリスト

確認確認すること確認の目安
□決めごとを、データ・アカウント・ツール・費用の面から書き出したか6つの決めごとのうち、今回の改善に関わるものが挙がっている
□3つの区分に、仮置きしたか「仮置き」であることが表に書いてある
□社内の規程や既存の決裁ルールを確認したかあれば、それを優先している
□外部サービスへ業務データを入れる前に、決める人へ確認したか担当者が単独で進めていない
□決める人が決まらない行を、「要確認」のまま残したか推測で埋めていない
□「試行を止める人」を決めたか氏名または役割が書いてある

この1週間でやること

やること具体的な内容
1. 決めごとを書き出すA4用紙1枚に書いた改善に関わる決めごとを、データ・アカウント・ツール・費用の面から書き出す
2. 3つの区分に仮置きする書き出した決めごとを、3つの区分に仮置きし、迷う行には印をつける
3. 確認の場を持つ社長か上司に、決めごとごとに「進めてよいか、承認が必要か」を確認する
4. 結果と日付を残す合意した内容、決める人、確認日を、同じA4用紙1枚に追記する

実際の確認の場は、手順3の段階で持ちます。まだ時間が取れない場合は、手順1と2を進めて、確認を依頼するところまでで構いません。まずは手順1の書き出しから始めましょう。

まとめ:権限の表は担当者の宣言ではなく、経営者と確かめて残す記録である

改善の次の一歩で手が止まるのは、担当者の力不足ではありません。どこまでが自分の判断で、どこから先が他の誰かの判断なのか、その線がまだ引かれていないだけです。しかも線は、担当者の立場で一律に決まるものではなく、何を、どんな条件で決めるのかによって変わります。

だからこそ、決めごとを分けて仮置きし、経営者と確かめることに意味があります。自分で引いた線は宣言にすぎませんが、社長や上司と合意して日付と一緒に残した線は、担当者が迷わず動くための根拠になるからです。合意がない部分や、答えが出なかった部分も、「要確認」として見える形で残せば、次に誰へ上げればよいかがはっきりします。

まずは、今回の改善に関わる決めごとを1つだけ選び、自分で進めてよい範囲を、社長か上司に確認してみてはいかがでしょうか。

次回の第15回は、兼務でも回る最小チームの決め方を扱います。決める人が分かったあとに、誰と一緒に動くのかを整理していきましょう。

※【新人DX担当の教科書】シリーズの続きの回や、関連する過去の回は、新人DX担当の教科書のシリーズページから探せます。

山田 元樹

執筆者

株式会社MU 代表取締役社長

山田 元樹

社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。