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他部署のデータを使って、無料のAIツールを試してみたい。でも、それを自分の判断で進めてよいのか分からない。あるいは、ベンダーの営業担当から「御社のご決裁者はどなたですか」と聞かれて、答えに詰まったことはないでしょうか。
DX(デジタルトランスフォーメーション)担当として小さな改善を動かせたあとに手が止まる理由は、どこまで自分で決めてよいのか、つまり権限の範囲が曖昧なことにあります。何を、誰が決めるのかが、決まっていないのです。
本記事では、DX担当が自分で決めていいことと、決められないことを分ける進め方を整理します。決めごとを3つの区分に仮置きし、経営者に確認して、合意した内容を、業務の課題と経営者への確認事項をまとめたA4用紙1枚に残すところまでを解説します。
【本記事の要点】
- 改善の次の一歩で手が止まる理由は、何を誰が決めるのかが決まっていないことである
- DX担当の決めごとを6つに分け、3つの区分に仮置きする
- 区分は担当者の自己申告ではなく、社長や上司に確認する仮説であり、合意した内容と確認日を、改善の内容を書いたA4用紙1枚に残す
- 外部サービスへ業務データを入れるのは、担当者が単独で決めない代表例である
このシリーズのこれまでの回は、新人DX担当の教科書のシリーズページからまとめて読めます。ここまでの流れを振り返りたいときにご活用ください。
DX担当が改善を進める前に、決めていいことと決められないことを分ける
DX担当が最初に手がける改善は、業務の中の小さな困りごとを1つ選び、手元でできる範囲で直すものです。たとえば、発注データの入力をテンプレート化する、といった取り組みです。とくに、自分の担当業務の中で完結する改善は、担当者が動かしやすいものです。
ところが、その改善を一歩先へ広げようとすると、他部署のデータを使う、外部のツールを試す、費用をかける、といった場面が出てきます。ここから先は、担当者の持ち場を越える判断が含まれます。
では、なぜ改善の次の一歩で手が止まるのでしょうか。この章では、その理由と、判断を引き受ける人は誰なのかを整理します。決める対象は、データ、アカウント、ツール、費用の4つです。
経営スポンサーは新しい役職ではなく、判断を引き受ける人
DXの取り組みには、経営スポンサーと呼ばれる役割があります。難しい言葉に聞こえますが、新しい役職を作る話ではありません。担当者だけでは決められないことを引き受け、止まったときに判断する人のことで、具体的には次のような役割を担います。
- 取り組みを進めるか、止めるかを決める
- 使ってよい費用や時間の範囲を決める
- 部署をまたぐ調整や、意見がぶつかったときの判断をする
こうした判断は、担当者の持ち場を越える決定です。中小企業では、社長自身が経営スポンサーを兼ねてかまいません。経営者が判断を引き受けることは、公的な資料でも重視されています。
経済産業省の『デジタルガバナンス・コード3.0』は、DXを経営の一体的な取り組みとして位置づけています。同じく経済産業省の『中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025』は、経営者がリーダーシップを取ることを、成功のポイントに挙げています。
つまり、DXは担当者が1人で決めて進める仕事ではなく、経営者が判断を引き受けながら進める仕事です。担当者の役目は、自分で決められないことを見分け、決める人へ確実に渡すことにあります。
協力してくれる人と、決める人は同じとは限らない
DX担当が改善を進めるときは、まず社内で話を聞き、味方を増やします。会うべき相手は、次の5人です。
- 社長
- 現場のベテラン
- 実務担当
- 管理部門
- 慎重派・反対派
それぞれに何を聞くかは、本シリーズ第2回のDX担当が最初に会うべき社内の5人で詳しく解説しています。ここで集まった味方は、改善を進めるときの協力者です。
ただし、協力してくれる人と、決定の結果を引き受ける人は、同じとは限りません。現場のベテランが快く協力してくれても、他部署のデータを使ってよいかどうかを決めるのは、そのデータの責任者です。
話を聞いて味方を増やすだけでは、判断の範囲は決まりません。決めごとごとに責任の帰着点を確認し、聞きっぱなしにせず、具体的な改善に対する判断の範囲へ更新していきましょう。
DX担当の決めごと6つを、3つの区分に仮置きする
前の章で見たとおり、改善の次の一歩で手が止まるのは、何を誰が決めるのかが決まっていないからです。では、どこまでが自分で進めてよい範囲で、どこから先が誰かに決めてもらう範囲なのでしょうか。
この線は、「担当者に権限がある・ない」と一括りに引けるものではありません。同じ外部ツールでも、架空のデータで無料機能を試すだけなら担当者が進められる場合がある一方、実際の業務データを入れるなら、決める人の承認が要るからです。線は担当者の立場で決まるのではなく、何を、どんな条件で決めるのかによって変わります。
そこでこの章では、DX担当が日常で迷う決めごとを6つに分け、それぞれを3つの区分に仮置きします。仮置きとは、担当者が自分で決めるのではなく、「このあたりが線ではないか」という案を置くことです。ここで示す表は、次の章で社長に確認するための、たたき台の仮説です。
DX担当が迷う6つの決めごと
DXの仕事の判断は、データ、アカウント、ツール、費用に関わる日常の決めごとに分けられます。判断の対象ごとに、次の6つで考えます。
| 決めごと | 対象・上限・条件の例 | 区分(仮置き) | 決める人の例 |
|---|---|---|---|
| 公開情報を調べ、候補を比較する | 契約も、データの入力もしない | 合意済みの範囲なら自分で進めてよい | DX担当 |
| 架空データで無料機能を試す | 会社・顧客・従業員の実データを入れない。業務の運用を変えない | 合意済みの範囲なら自分で進めてよい(会社のルールを先に確認) | 会社ごとに確認 |
| 他部署のデータを使う | 閲覧権限、目的、範囲、持ち出しの有無 | 関係者と合意してから進める | データ・業務の責任者 |
| 外部サービスへ業務データを入れる | 個人情報、営業秘密、保存先、契約条件、アカウントの作成や利用規約への同意を含む | 決める人の承認後に進める | 経営者、または社内規程上の責任者 |
| 費用をかける・契約する | 金額だけでなく、継続課金、解約、追加費用 | 決める人の承認後に進める | 社内の決裁者 |
| 試行を止める | 問題の発生、目的の未達、期限の到来 | 止める権限を、始める前に確認する | 会社ごとに確認 |
この表の中で、6つ目の「試行を止める」は案外見落とされがちな決めごとです。しかし、始める人だけでなく止める人も最初から決めておくと、問題が起きたときに誰も動けない状態を避けられます。
3つの区分と、迷ったら止めて確認する共通ルール
仮置きに使う区分は、次の3つです。全行に共通するルールを1つ、表の冒頭に置きます。
| 区分 | 意味 |
|---|---|
| 共通ルール:迷うとき、条件外のとき | 進めずに止めて、決める人へ確認する |
| 合意済みの範囲なら自分で進めてよい | 対象・上限・条件を社長や上司と確認し、その範囲内であれば担当者が進める |
| 関係者と合意してから進める | 関係する部署や責任者の合意を得てから進める。相談しただけでは進めない |
| 決める人の承認後に進める | 決める人が承認してから進める。承認者と承認の記録を残す |
「関係者と合意してから進める」は、相談した事実ではなく、合意が得られた事実を条件にする区分です。データの管理者や現場の責任者が反対している間は、進める段階にありません。
この区分は、担当者が自分で決めるものではなく、経営者に確認する仮説です。社内にすでに規程や職務権限、決裁のルールがある場合は、それが優先されます。
外部サービスへ業務データを入れるのは、担当者が単独で決めない
6つの決めごとの中でも、外部サービスへ業務データを入れる判断は、担当者が単独で決めない代表例です。無料のサービスでも、実際のデータを入力する、アカウントを作る、利用規約に同意する、外部へ送信される、といった行為がともなうことがあるためです。
たとえば、次のような架空のモデルケースで考えます。発注データの入力をテンプレート化したDX担当が、次の改善として、発注データの整理を外部の無料AIツールに任せたいと考えたとします。発注データには、取引先の名称や担当者名、金額が含まれる場合もあるでしょう。
この判断が、便利そうだからという理由だけでは決められない根拠は、公的な資料にも示されています。個人情報保護委員会の『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)』では、個人データの取扱いを委託する場合、委託元に委託先への必要かつ適切な監督が求められるのです。ガイドラインは、リスクに応じた委託先の選定を示すほか、委託契約への取扱条件の盛り込み、取扱状況の把握と評価、再委託時の確認を、望ましい措置として挙げています。
中小企業向けには、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の『中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン 第4.0版』の付録7『中小企業のためのクラウドサービス安全利用の手引き』があり、クラウドサービスを使う前の確認事項として、次のような項目を挙げています。
- どの業務で使うのか
- 扱う情報の重要度
- 管理担当者
- 利用者の範囲
- 終了時のデータの扱い
- データの保存国・地域
担当者の仕事は、これらの確認事項を決める人へ渡すことです。適法かどうか、安全かどうかといった個別の判断は、社内の個人情報や情報セキュリティの責任者、IT担当、必要に応じて外部の専門家に確認します。
実データを入れる前に、決める人の確認を挟む。この一手間を、表の行として最初から残しましょう。
権限の表は自己申告にせず、経営者に確認して合意を残す
仮置きした表は、どのように社長や上司へ確認すればよいのでしょうか。この章では、確認した合意を、改善の内容を書いたA4用紙1枚に残す進め方を説明します。表を書いただけでは、権限は生まれません。
改善の内容を書いたA4用紙1枚を持って、確認の場に入る
確認の場には、改善したい業務と、経営者に確認したい問いを書いたA4用紙1枚を持って入ります。「経営者に確認したい問い」の欄から入ると、改善の話から決める人の話へ自然につなげられます。この1枚の作り方は、シリーズの別の回で解説しています。
仮置きした表は、この1枚に足す形です。追記する項目は次のとおりです。
| 追記する項目 | 書くこと |
|---|---|
| 決めごと | 6つのうち、今回の改善に関わるもの |
| 対象・上限・条件 | 進めてよい範囲。たとえば、実データを入れないこと |
| 区分 | 合意済みの範囲なら自分で進めてよい/関係者と合意してから進める/決める人の承認後に進める |
| 決める人 | 氏名または役割 |
| 確認日 | 合意した日。見直しの条件も添える |
確認の場では、「この範囲は、担当者が進めてよいでしょうか。それとも承認が必要でしょうか」と、決めごとごとに聞きます。合意できた内容は、その場で決める人と確認日を書き込みます。
決める人が決まらないとき、社長がすべて兼ねるとき
確認の場では、決める人が決まらない行や、社長がその場で答えを出せない行が出てきます。そうした行は、担当者が推測で埋めてはいけません。「要確認」と書いて残し、誰がいつまでに答えるのかを確かめておきます。「要確認」の行は、確認すべきことがはっきりしている印であり、不備ではありません。
小さな会社では、社長が経営スポンサー、費用の決裁者、データの最終責任者を兼ねることがあります。兼ねること自体は問題ありませんが、大切なのは、社長が今どの立場で何を決めているのかを混ぜないことです。
たとえば、費用の承認と、データを外へ出してよいかの承認は、同じ社長が答えても別の判断です。別の行として、それぞれ確認と記録を残しましょう。
始める前の確認:つまずき・チェックリスト・この1週間でやること
表を作ったあと、何を確かめ、どこまで進めればよいのでしょうか。この章では、気をつけたいつまずきと、確認項目、この1週間の行動をまとめます。
よくあるつまずき
つまずきは、主に2つあります。
1つ目は、表を書いただけで権限があると思い込むことです。表は仮説にすぎず、社長や上司と合意して初めて、迷わず動ける根拠になります。
2つ目は、表を埋めること自体が目的になることです。完成の基準は、空欄のない表ではありません。迷ったときに誰へ上げるかが、担当者と社長のあいだで確かめられている状態です。
チェックリスト
| 確認 | 確認すること | 確認の目安 |
|---|---|---|
| □ | 決めごとを、データ・アカウント・ツール・費用の面から書き出したか | 6つの決めごとのうち、今回の改善に関わるものが挙がっている |
| □ | 3つの区分に、仮置きしたか | 「仮置き」であることが表に書いてある |
| □ | 社内の規程や既存の決裁ルールを確認したか | あれば、それを優先している |
| □ | 外部サービスへ業務データを入れる前に、決める人へ確認したか | 担当者が単独で進めていない |
| □ | 決める人が決まらない行を、「要確認」のまま残したか | 推測で埋めていない |
| □ | 「試行を止める人」を決めたか | 氏名または役割が書いてある |
この1週間でやること
| やること | 具体的な内容 |
|---|---|
| 1. 決めごとを書き出す | A4用紙1枚に書いた改善に関わる決めごとを、データ・アカウント・ツール・費用の面から書き出す |
| 2. 3つの区分に仮置きする | 書き出した決めごとを、3つの区分に仮置きし、迷う行には印をつける |
| 3. 確認の場を持つ | 社長か上司に、決めごとごとに「進めてよいか、承認が必要か」を確認する |
| 4. 結果と日付を残す | 合意した内容、決める人、確認日を、同じA4用紙1枚に追記する |
実際の確認の場は、手順3の段階で持ちます。まだ時間が取れない場合は、手順1と2を進めて、確認を依頼するところまでで構いません。まずは手順1の書き出しから始めましょう。
まとめ:権限の表は担当者の宣言ではなく、経営者と確かめて残す記録である
改善の次の一歩で手が止まるのは、担当者の力不足ではありません。どこまでが自分の判断で、どこから先が他の誰かの判断なのか、その線がまだ引かれていないだけです。しかも線は、担当者の立場で一律に決まるものではなく、何を、どんな条件で決めるのかによって変わります。
だからこそ、決めごとを分けて仮置きし、経営者と確かめることに意味があります。自分で引いた線は宣言にすぎませんが、社長や上司と合意して日付と一緒に残した線は、担当者が迷わず動くための根拠になるからです。合意がない部分や、答えが出なかった部分も、「要確認」として見える形で残せば、次に誰へ上げればよいかがはっきりします。
まずは、今回の改善に関わる決めごとを1つだけ選び、自分で進めてよい範囲を、社長か上司に確認してみてはいかがでしょうか。
次回の第15回は、兼務でも回る最小チームの決め方を扱います。決める人が分かったあとに、誰と一緒に動くのかを整理していきましょう。
※【新人DX担当の教科書】シリーズの続きの回や、関連する過去の回は、新人DX担当の教科書のシリーズページから探せます。
執筆者
株式会社MU 代表取締役社長
山田 元樹
社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。



