行政書士・司法書士事務所のAI活用|書類作成が速くなるほど売上が減る理由

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議事録も、定型の申請書も、下調べの文書も、生成AIに手伝わせれば下書きが数分で出てきます。作業は速くなりました。ところが、請求できる時間はそのぶん減り、売上は増えるどころか目減りしている感覚がある。

行政書士・司法書士の個人事務所や小規模法人の代表から、こうした声を聞くようになりました。

士業は、生成AIによって「なくなるかもしれない仕事」として、たびたび名前が挙がる職業です。米労働統計局は2026年8月、職種ごとのAIの影響度を分類した調査『AI exposure categories』を公表しており、法務分野の事務職もAIの影響を強く受ける区分に含まれると報じられています。

ただし、実際に行政書士・司法書士の現場で起きているのは、仕事そのものが消えることではなく、書類作成という「作業」に紐づいていた売上が目減りしていくことです。「仕事がなくなるかもしれない」という不安と、「作業の対価が目減りする」という現実を混同していると、打つべき手も見えてきません。

この記事では、士業事務所の売上を「作業時間×単価」と「成果×報酬」に分けてとらえ直します。そのうえで、どの業務をAIに任せ、浮いた時間をどの仕事に振り替え、料金表のどこを書き換えれば「効率化が減収にならない」状態をつくれるのかを整理します。

【本記事の要点】

  • 行政書士・司法書士事務所の売上の多くは、書類作成・申請代行という「作業」への報酬で成り立っている
  • 生成AIで作業が速くなること自体が、1件あたりの請求根拠を薄くし、単価を下げる圧力になる
  • 打つ手は、業務を「AIに任せる作業」と「有資格者の判断が必要な仕事」に仕分け、浮いた時間を成果報酬型・顧問型の仕事へ振り替えることである
  • AI導入は入口にすぎない。本丸は、何に対して報酬をもらうかという発想を、作業から成果へ移すことである

AIによる効率化が単価を下げる仕組み

士業事務所でAI活用が進むと、なぜ売上が伸び悩むのか。まずはその仕組みと、背景にある「作業量」ベースの料金の組まれ方を順に確認します。

AIで速くなっても売上が増えない理由

書類作成を支援するAIと時計、業務の速さと売上のバランスを考える士業の担当者
  • 建設業許可
  • 産業廃棄物
  • 在留資格
  • 補助金申請書
  • 相続登記
  • 商業登記

行政書士・司法書士事務所の売上の柱は、こうした手続きの代行で成り立っています。報酬は「1件いくら」で、その内訳は、調査や書類作成にかかる作業の対価という色合いが濃いものでした。

これらの作業は、生成AIを使用することで、下調べや定型書類のたたき台づくりが短時間で片づきます。作業が速くなること自体は歓迎すべきでしょう。しかし、料金が作業量を根拠にしている以上、「これだけ手間がかかるので、この金額です」という説明はしにくくなります。

依頼者から見れば「AIでできるなら安くしてほしい」という話です。単価を下げる圧力がかかり、AI活用を作業の効率化だけでとらえていると、その圧力をまともに受けることになりかねません。

実際、士業向けの業務支援では、WEB記事や解決事例、議事録の作成を生成AIで大幅に効率化する事例が紹介されています。士業向けの実務解説でも、生成AIの普及を受けて「脱・代行業」「書類作成者から申請戦略のコンサルタントへの転換」が生き残り策として論じられてきました。「AIで仕事がなくなる」という不安の正体は、ここにあります。なくなるのは資格が必要な仕事ではなく、作業に紐づいた売上の一部です。

出典・参照:

「作業量」で組まれてきた士業の料金体系

調査、書類作成、依頼者への引き渡しが連なる従来の士業業務の流れ

士業の報酬が作業量で組まれてきたのには理由があります。1つは、作業量が見積もりやすいことです。「この許認可なら必要書類はこれとこれ、役所とのやり取りは何回」という見当がつくため、事務所側も金額を提示しやすい。もう1つは、依頼者が比較しやすいことです。同じ手続きなら、各事務所の金額を並べて選ぶのは当然でしょう。

これは士業の怠慢ではなく、依頼者にとっても分かりやすい、合理的な仕組みでした。ただし、その前提は「作業には相応の手間と時間がかかる」ことです。生成AIがその手間を圧縮すると、価格でしか差がつかなくなります。だからこそ、料金の組み方そのものを見直す必要があるのです。

AI時代の業務仕分けと料金表の書き換え

では、料金の組み方をどう見直せばよいのでしょうか。ここでは、業務をAIに任せる部分と有資格者が担う部分に仕分け、浮いた時間の使い道を決め、最後に料金表へ反映するという3段階の進め方を整理します。

業務を「AIに任せる作業」と「自分がやる仕事」に仕分ける

定型的な書類作業と有資格者の判断・相談を二つの流れへ仕分ける士業事務所の構図

事務所の業務を、まず2つに分けます。仕分けの基準がはっきりすると、AIをどこまで使ってよいかで迷わなくなります。

生成AIに任せられる作業有資格者が引き受けるべき仕事
関連法令や過去の類似案件の下調べその許認可が取得できるかどうかの見極めと、取得までの筋道の設計
定型的な申請書類や添付書類のたたき台の作成役所との交渉や、要件を満たすための事業内容の調整の助言
打ち合わせの議事録や、ヒアリング内容の要約相続や事業承継の全体像の設計
依頼者へ渡すチェックリストや必要書類一覧の作成依頼者が抱えるリスクの説明と、判断材料の提示
長い資料からの論点の抜き出し

分け方の原則はシンプルです。答えが決まっている作業はAIに任せ、答えを出す仕事は人が担う。ここで注意したいのは、AIの出力は必ず有資格者が確認してから使うことです。

生成AIは事実と異なる内容をもっともらしく出力することがあり、確認を省けば依頼者に不利益が及びます。有資格者以外が作成した書類を有資格者名義で提出する形は、非行政書士行為や非弁行為の問題にもなりかねません。AIは補助者ではなく、あくまで下書きを出す道具です。

浮いた時間を、成果で課金できる仕事に回す

定型書類の作業時間を、依頼者との相談と成果支援へ振り替える流れ

作業をAIに任せて時間が浮いたら、その使い道を先に決めておきましょう。決めないまま効率化だけ進めると、稼働率が下がるだけで終わります。

振り替え先は、成果や関係の継続で課金できる仕事です。具体的には、次のようなものです。

  • 許認可の取得戦略の設計。取れるかどうか微妙な案件を、要件を満たす形に組み立てる
  • 補助金の採択率を上げる事業計画の組み立て。書類の代筆ではなく、通る計画にするための助言
  • 相続・事業承継の全体設計。登記や申請の前段にある、家族間の調整や段取りの設計
  • 継続的な法令対応の顧問。許認可の更新、変更届、法改正への対応をまとめて引き受ける

いきなり全案件をこの形にする必要はありません。まず1つの業務分野、たとえば補助金なら補助金だけで、「書類を作る」から「採択される計画をつくる」へ打ち出しを変えてみる。そこで手応えがあれば、次の分野へ広げていきましょう。

料金表を書き換える

書類中心の業務を、相談、成果支援、継続した関係を表すサービス構成へ変えるイメージ

仕分けと振り替えができたら、いよいよ本丸である料金表の書き換えに入ります。ただし、書き換えの方向は、値上げではありません。課金するポイントを、作業から成果へ移すことです。

  • 代行料金(1件いくら)は残す。ただし、それだけをメニューにしない
  • 取得の可否を判断するための初回相談や調査を、有償のメニューとして独立させる
  • 補助金や許認可で、結果に連動した成功報酬の割合を組み込む
  • 更新や法令対応をまとめて引き受ける顧問契約のメニューをつくる

既存の依頼者には、「これまで無料で相談に乗っていた部分を、正式なサービスとして切り出しました」と説明します。相談の質が上がり、対応が速くなるのであれば、依頼者にとっても納得しやすい変更でしょう。大事なのは「どこで課金するか」を設計し直すことです。

AIを「もう1人のスタッフ」にした小さな事務所

書類の下書きを支援する仕組みを確認しながら依頼者対応に時間を使う小さな士業事務所

実際に、AIを事務所の中核に据えた小規模事務所があります。ごとう行政書士事務所の取り組みです。

福岡市・大野城市を拠点とする同事務所は、代表と補助者の実質2名で、特車申請、補助金のサポート、許認可申請、在留資格・ビザ申請、遺言・相続の相談などを扱っています。

同事務所は公式ブログで、最大の悩みは人手不足であり、新しいスタッフの雇用は簡単な決断ではないなか、AIを「もう1人のスタッフ」として迎え入れることを決めました。

使い方の特徴は、対話型の生成AIツールを、事務所の中核業務に組み込んでいる点です。

  • 相談の壁打ち
  • 文章の作成
  • 資料づくり
  • 業務の自動化

さらに、事務所の基本情報・料金・方針・文章のトーンをあらかじめAIに登録し、毎回ゼロから説明しなくても、「同事務所らしい」アウトプットが返ってくる状態をつくっています。事務所の「型」をAIに持たせることで、人を増やさずに対応の質と再現性を保とうという考え方です。

さらに同事務所は、この経験を踏まえて、次のような支援サービスの提供も始めました。

サービス内容
単発相談AI活用に関するスポットの相談
伴走型支援半年間、継続して並走する支援
事業伴走顧問最新のAI・業務効率・補助金・法改正の情報を継続的に提供

代行業務で培った専門性を、相談・顧問型のサービスへ広げた形といえます。AIを人減らしの道具ではなく、質を保ちながら事務所の幅を広げる道具として使う。これは、士業のDXが目指す理想形の1つといえるでしょう。

出典・参照:

守秘義務と制度の追い風

人による確認、保護された書類、制度を表す文書で安全なAI活用を示す構図

AIに依頼者の情報を入力して、外部に漏れないだろうか。士業がAI活用を検討するとき、真っ先に気になるのはこのセキュリティへの不安ではないでしょうか。士業には守秘義務があり、この不安を曖昧にしたままAIを業務に組み込むことはできません。

この章では、まずは、この守秘義務をどう守るかを整理します。そのうえで、士業のAI活用を後押しする制度面の動きも押さえておきましょう。

依頼者情報を守るための3つのルール

まずは、依頼者の情報を生成AIに入力する際に、守らなければならない3つのルールを確認します。これらを守れば、最低限の守秘義務を保ちながらAIを活用できます。

  • 氏名や具体的な固有名詞は伏せる
  • 入力した内容がAIの学習に使われない利用形態(事業者向けのプランやAPI経由の利用など)を選ぶ
  • 事務所内で「何を入れてよいか」のルールを決める

士業のAI活用を後押しする制度の動き

制度面でも、士業のデジタル対応を後押しする動きが続いています。

2026年1月に施行された改正行政書士法では、士業の法律として初めて、デジタル社会への対応が職責として位置づけられました。同時に、報酬を得て無資格で書類作成を行うことへの制限が、会費やコンサルティング料といった名目を問わず明確化されています。

補助金でも、旧IT導入補助金が令和8年度から「デジタル化・AI導入補助金」に変わり、AIの活用が制度の目的として明記されました。事務所自身のAI導入にも、こうした支援策を使う余地があります。

作業の代行そのものは競争が厳しくなる一方で、有資格者の判断が必要な領域の価値は下がっていません。

出典・参照:

まとめ:AI導入の本丸は、作業ではなく成果に課金する発想

行政書士・司法書士事務所のAI活用は、書類を速く作ることが目的ではありません。速くなったぶんの時間を、成果で課金できる仕事へ振り替えることが目的です。

そのためには、業務を「AIに任せる作業」と「有資格者がやる仕事」に仕分け、料金表を「1件いくら」の代行料金1本の状態から、相談・成果報酬・顧問を組み合わせた形へ書き換える必要があります。ただし、AI導入や料金表の書き換え自体は手段にすぎません。本丸は、何に対して報酬をもらうかという発想を、作業から成果へ移すことです。

まず試してほしいのは、直近3カ月の受任案件を、「書類の作成・申請の代行が中心だったもの」と「相談・設計・交渉が中心だったもの」に分け、それぞれの件数と売上の構成比を出してみることです。代行中心の比率が高いほど、AIによる効率化が売上に響きやすく、見直す余地も大きいと分かります。

書類作成が速くなるほど売上が減るのは、AIのせいではなく、作業量に値段をつけたままだからです。そこに気づき、何に課金するかという発想を変えることが、次の一歩になります。

山田 元樹

執筆者

株式会社MU 代表取締役社長

山田 元樹

社名である「MU」の由来は、「Minority(少数)」+「United(団結)」という意味。企業のDX推進・支援を過去のエンジニア経験を活かし、エンジニア + 経営視点で行う。DX推進の観点も含め上場企業をはじめ多数実績を持つ。