回覧板はなぜ、まだ回っているのか|デジタル化する前に数えるもの

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紙の書類を電子化しよう、対面の受け渡しをやめよう。そう決めて動き出したものの、あとから「これは残しておくべきだった」と気づく。業務改善や総務の担当者なら、覚えのある展開ではないでしょうか。

この「あとから気づく」を減らす手がかりとして、本記事では身近な回覧板を題材に考えます。遅くて手間がかかると言われながら、いまも多くの地域で回っている回覧板は、よく見ると「文書を伝える」以外の仕事もこなしています。この副次的な機能を先に数えておくと、自社の紙や対面の作業を電子化するときに、何を一緒に手当てすればよいかが見えてきます。

【本記事の要点】

  • 非効率に見える仕組みは、しばしば主目的の外でいくつもの機能を同時に担保している
  • 回覧板は、伝達のほかに、既読の可視化・情報から漏れる人を出さないこと・災害時の頑健さ・ゆるい見守りといった機能を担っている
  • デジタルに置き換えると主目的は速くなるが、副次機能のいくつかは抜け落ちる
  • 置き換える前に「抜け落ちるもの」を数え、代わりの手当てを設計する

回覧板が”ついでに”担保しているもの

紙の回覧板が住宅街を家から家へ渡り、地域の住民へ情報を届けていく様子

まず、回覧板がどう見られているかを整理します。

  • 順番に各戸を回るので情報が届くまで日数がかかる
  • 留守だと伝達が止まる
  • 確認印を押す手間がある

回覧板は、情報伝達の効率性だけで見れば、たしかに旧式の仕組みです。それでも、回覧板は多くの町内会や自治会で今でも使われ続けています。それはなぜなのでしょう。

実家にいた頃や実家に帰ったときには、私自身、回覧板が回ってくる場面を何度も見てきましたし、自分の手で次の家へ回したこともあります。一方、今住んでいるマンションには、そもそも回覧板という習慣自体がありません。同じような感覚を持つ人は、都市部では少なくないはずです。

おそらくこれが今の標準になりつつあるのでしょうが、地方都市や戸建てが中心の住宅地では、まだ回覧板が生きています。そうした地域差がある中で、回覧板が実際に何をしているのかを、もう少し細かく見てみたいと思います。

ここで「単に慣れで残っているだけだ」と決めつけてしまうと、そこで話が終わってしまいます。実際には、確認印のほかにも、回覧板は主目的の外でいくつかの機能を担っている面があるのです。1つずつ見ていきましょう。

既読の可視化

回覧板でいちばんわかりやすい副次機能は、一見面倒に思える確認印やサインです。

回ってきた回覧板に判子を押すのは、単なる儀式ではありません。「読んだ」という記録であり、次の家へ渡すという合図でもあります。回覧板が一巡して戻ってくると、誰が確認して誰がまだかが一目でわかります。伝達が完了したかどうかが、目に見える形で残るわけです。

これは「文書を各戸へ伝える」という主目的の外にある機能です。ふだんは意識されませんが、電子メールの一斉送信では、開封したかどうかまでは簡単にはわかりません。判子の列は、それを肩代わりしてくれるのです。

情報から漏れる人を出さないこと

確認印の次にわかりやすいのが、この機能です。スマートフォンやデジタル機器を使わない住民のところにも、紙の回覧板は同じように回ります。しかし、連絡手段をアプリなどに一本化してしまうと、この層が抜け落ちてしまうかもしれません。

これは、デジタル機器を使う知識やスキルの有無によって生じる情報格差、いわゆるデジタルデバイドと表裏一体の問題です。回覧板は意図してこの格差を埋めているわけではありませんが、紙と足で回る仕組みが結果的に、デジタルデバイドの外側にいる人を取りこぼさずに済んでいるとも言えるでしょう。

災害時の頑健さ

停電や通信障害が起きても、紙と足で回る仕組みは動き続けます。非常時の連絡ほど、電気や電波に依存しない経路が意味を持つのです。

大規模な災害では、停電や基地局の被災によって、スマートフォンもメールもアプリも一時的に使えなくなることがあります。電子機器は、バッテリーが切れればそれまでです。そうした状況でも、紙を手渡しして回す仕組みは、人さえ動ければ機能し続けます。

非常時の連絡手段をデジタル1本に絞ってしまうと、いちばん情報が必要な場面で経路そのものが断たれるリスクが残ります。日常の連絡まですべて紙に戻す必要はありませんが、電子化を進めるなら、災害時にも生き残るもう1つの経路をどう確保するかも、あわせて考えておきたいところです。

ゆるい見守りと、近所のつながり

手渡しや玄関先でのやり取りが、結果として「あの家の人、最近見かけないな」という気づきの機会になります。安否確認を目的にしているわけではないのに、回覧板はそうした働きもしているのです。

回覧板を渡す相手は、少なくとも隣の家の住人です。用がなくても、渡すたびに一言かわす。その積み重ねが、いざというときに声をかけ合える関係の土台になります。近所の顔がゆるくつながることも、回覧板がついでに担っている役割です。

ただし、ここで私が伝えたいのは、「ご近所付き合いを大切にすべきだ」ということではありません。確かに、デジタル化が進んだ時代でも、人と人との緩いつながりが意味を持つ価値であることは間違いないでしょう。とはいえ、その価値を守るために回覧板という仕組みそのものを残しておくべきだ、という話でもありません。回覧板が結果としてそうした機能も果たしている、という一点を指摘しているだけです。

こうして並べると、回覧板は「伝達」という看板の裏に、いくつもの機能を抱え込んでいることがわかるのではないでしょうか。これを、情報伝達の効率化という物差しだけ図っていては、裏に隠れた様々な機能は見えてこないのです。

置き換えるなら、抜け落ちるものを数える

回覧板をアプリへ置き換える前に、失われる副次機能と補完策を確認する流れの図解

回覧板をアプリやメールに置き換えると、主目的である伝達は速くなります。一方で、いま挙げた副次機能のいくつかは、そのままでは引き継がれません。自治体が電子回覧を導入しても定着に苦労する例があるのは、こうした部分の設計が後回しになりやすいからだと考えられます。

同じことは、社内のDX(デジタルトランスフォーメーション)でも起きます。

  • 押印やサイン
  • 対面での書類の受け渡し
  • 手書きの申し送りノート

どれも一見すると非効率ですが、確認の証跡、渡すときの短い会話、相手の様子を見る機会といった副次機能を、ついでに担保しています。電子化すること自体は前進ですが、これらを設計に含めないと、運用を始めてから「あの機能がなくなった」と気づくことになります。

順序としては、まず今の仕組みが何を担保しているかを書き出す。次に、そのうち電子化で失われるものを見極める。そして、失われる分をどう手当てするかを決める。この手順を踏んでから置き換えると、後追いの穴埋めが減ります。

まとめ:非効率なものには、たいてい理由がある

回覧板は、遅くて面倒だと言われながら、伝達のほかにも多くの機能を同時に担ってきました。

  • 既読の可視化
  • 情報から漏れる人を出さないこと
  • 災害時の頑健さ
  • ゆるい見守り

自社の古い仕組みも、同じように主目的の外で何かを支えているかもしれません。効率だけを見て置き換えると、その「何か」が静かに消えて、あとで困ることになります。

非効率に見えるものには、たいてい理由があります。それは、必ずしも潰さなければならない非効率ではないかもしれません。まず数えて、それから置き換える。あの作業をなくしたら、ついでに何がなくなるだろうか。電子化に着手する前に、一度そう問い直してみてはいかがでしょうか。

町田 英伸

執筆者

DXportal編集長

町田 英伸

自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。