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社内でAIを使うためのプロンプト集を整え、利用ガイドラインを配り、研修まで実施した。それなのに、現場の成果はどこかで頭打ちになっている。
AI活用を進める経営者やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進担当の方から、こうした声を聞くことがあります。原因は、担当者の熱意でも、選んだツールでもありません。本質的な問題は、これまで信じ続けられてきた、「AIにはできるだけ細かく、具体的に指示するほどよい」という前提が、すでに古くなっているからなのです。
本記事では、AIの作り手自身が「指示のしすぎ」をやめ始めたという事実を入口に、AI活用のノウハウには賞味期限があるという、経営と組織の運用問題を考えます。読み終えたとき、自社のAIの使い方を最後に見直したのはいつだったか、思い出したくなるはずです。
【本記事の要点】
- AIの開発元であるAnthropicは2026年7月、自社のAI開発支援ツールのシステムプロンプト(AIの振る舞いの土台となる指示)を8割ほど削減し、望ましい出力の例をいくつも見せる「例示」も外した
- 推論力が上がったモデルでは、細かすぎる指示や例が、モデル自身が立てる判断の筋道をかえって狭めることがあると考えられる
- 社内で整えたプロンプト集・利用ルール・研修は、モデルの進化に合わせて更新されないと、気づかないうちに成果が目減りしていく
- 変えなくてよいもの(目的・任せる範囲・確認の仕方・品質基準)と、変え続けるもの(具体的な文言・テクニック・ツール)を切り分けることが、AI活用の運用設計になる
「詳しく指示するほどいい」は、作り手がやめ始めた
この章では、AIの使い方をめぐる常識が、作り手の側から揺らぎ始めていることを確認します。象徴的なのが、対話型AI「Claude」を開発するAnthropicが公表した、AI開発支援ツールの設計変更です。
Anthropicは2026年7月、AI技術者向けのカンファレンスでの対談で、同社のAI開発支援ツール「Claude Code」のシステムプロンプトを8割ほど削減したと明らかにしました。システムプロンプトとは、利用者が入力する指示とは別に、AIの振る舞いの土台としてあらかじめ組み込まれている指示のことです。
あわせて、望ましい出力の例をいくつも見せる「例示」という手法も外したといいます。担当したエンジニアは、その理由を「例を減らしたことがとても効果的だった。モデルは、こちらが与える例よりも創造的だったからだ」「『これをするな』という禁止形の指示を減らした。それはモデルにとって非常に強い縛りになるからだ」と説明しています。
ただしこの削減は、最新世代のモデルに対して行われたもので、古い世代のモデルには従来どおりの指示が残されています。つまり、モデルが賢くなるにつれて、細かい指示の必要性が下がってきたのです。
AIを最もよく理解しているはずの作り手が、「賢くなったモデルには、むしろ指示を減らしたほうがよい」という方向へ舵を切ったという事実は、非常に示唆的です。多くの企業が「AIには細かく指示するほどよい」と教わり、その前提で社内ルールを整えてきたのとは、逆の動きではないでしょうか。
なぜ、丁寧な指示が邪魔になるのか
前章の現象には理由があります。この章では、なぜ推論力の高いモデルほど、細かい指示や例が足かせになりうるのかを解説します。
経験の浅い新人に仕事を頼むときは、手順を1つずつ、具体的に伝える必要があります。判断の材料が、まだ本人のなかにないからです。ところが、仕事の全体像を理解している熟練者に対して、手順書を1行ずつ読み上げながら作業させたらどうなるでしょうか。おそらく作業はかえって遅くなり、本人が本来持っている判断力も鈍ります。「次はこれ、その次はこれ」と指示され続けると、自分で先を読んで段取りを組む余地がなくなるからです。
近年のAIモデルに起きているのも、これに近いことだと考えられます。モデルの推論力が上がると、与えられた課題に対して、モデル自身がある程度の筋道を立てられるようになります。そこへ細かい手順や「こう書け」という例を与えると、モデルはその型に沿おうとして、本来選べたはずのより適切な進め方を捨ててしまう。禁止形の指示が多いほど、当たり障りのない出力に寄る。作り手が減らそうとしたのは、こうした副作用のある指示でした。
余談になりますが、私自身、記事づくりで同じことを感じています。これまでは、AIで原稿を書かせるとき、「よい記事を書くAIに育てたい」と思うあまり、つい細かいルールを足してしまっていました。
ところがClaude Codeのような高性能なAIは、ルールが増えるほど、そのどれにも抵触しない書き方を探しはじめ、原稿はどんどん無難な内容になってしまったのです。むしろ目的と最低限の条件だけを渡し、あとはある程度自由に任せたほうが、結果として読める記事が返ってくる。少なくとも私の経験では、そう感じる場面が少なくありませんでした。
もちろん、これは「指示を書くな」という話ではありません。目的や守ってほしい条件を伝えることは、引き続き必要です。問題は、目的を伝えることと、やり方を一から十まで指定することが、社内では区別されないまま「丁寧なプロンプト」として一緒くたにされがちな点です。
去年のAIノウハウが、賞味期限を迎える
ここまでの話を、1つの組織の運用問題としてとらえ直します。この章で指摘したいのは、社内に蓄積したAI活用のノウハウが、更新されないまま古くなっていくという、構造的なコストです。
多くの企業が、この1年ほどでAI活用の社内基盤を整えてきました。
- よく使う業務のプロンプト例集
- 利用ガイドライン
- 禁止事項のリスト
- 研修資料
- 標準テンプレート
これらはいずれも、整備した時点でのモデルの性能を前提に作られています。
ところが、モデルは数ヶ月単位で更新されます。前章で見たように、性能が上がると、かつて有効だった「細かく指示する」使い方が、むしろ逆効果に変わることがあります。それでも社内の資料は、誰かが意識して見直さない限り、そのまま使われ続けるでしょう。結果として、最新のモデルに古い使い方をさせている状態が生まれてしまうのです。
厄介なのは、この目減りが表面に出にくいことです。AIは古い指示でもそれなりの出力を返すため、「成果が出ていない」とはっきり分かる形では現れません。「なんとなく期待したほどではない」という感覚だけが残り、原因がノウハウの陳腐化にあるとは気づきにくい。ツールを増やしたり、研修を追加したりしても解決しないのは、問題が別の場所にあるからです。
ここで必要なのは、「だから整備するのをやめる」ことではありません。整備したものには賞味期限があり、定期的に見直す前提が抜けていた、と考えることです。
何を固定し、何を変え続けるか
では、何をどう見直せばよいのか。この章では、具体的なチェック項目を並べる代わりに、自社に当てはめて考えるための問いをいくつか置いておきます。
1つめの問いは、切り分けについてです。自社のAI活用ルールのうち次のような判断基準は、モデルが新しくなっても大きくは変わりません。
- AIに何をやってもらうか(目的)
- どこまで任せて、どこから人が確認するか(範囲)
- 成果物をどう検証するか(確認)
- 何をもって合格とするか(品質基準)
一方で、次のような基準は、モデルの進化に合わせて変わっていく部分です。
- どういう言い回しで指示するか
- どのような例を添えるか
- どのツールを使うか
あなたの会社では、この2つのルールブックが混ざったまま1つの文書になっていないでしょうか。
2つめの問いは、更新の担当と頻度です。プロンプト集や利用ガイドラインを、誰が、どのくらいの間隔で見直すことになっているでしょうか。「気づいた人が直す」という状態は、実際には誰も直さないことが多いものです。
3つめの問いは、確かめ方です。新しいモデルが出たとき、自社の主要な使い方で出力がどう変わるかを、小さく試してみる場があるでしょうか。それとも、いちど決めた使い方を、変える理由のないものとして続けているでしょうか。
これらの問いに即答できなくても、責める必要はありません。多くの企業にとって、AIの使い方を「更新するもの」として設計する発想自体が、新しいからです。
まとめ:AI活用は「覚える」より「更新する」
AIの作り手が「指示のしすぎ」をやめ始めたという事実は、私たちに1つのことを教えてくれます。それは、AI活用に「これが正解」という固定の形はなく、半年前に有効だった使い方が、いまは足かせになっていることがある、ということです。
だとすれば、AI活用力の実体は、ベストプラクティスをいかに整え、標準化し、固定できるかではありません。前提が動き続けることを受け入れて、いかに速く使い方を更新できるか、のほうにあります。
私は編集の仕事を通じて、さまざまな企業のAI活用の様子に触れてきましたが、うまく回っている組織ほど、ルールを立派に作り込むことよりも、「先月の使い方は先月のもの」と割り切って手を入れ続けることに慣れています。これは、AIに限らずDX推進においても同様です。
自社のAIの使い方を最後に見直したのは、いつだったでしょうか。もしそれが半年以上前だとしたら、その間にモデルは何度も新しくなっています。覚えて終わりにするのではなく、更新し続ける。その一点を、本記事から持ち帰っていただければと思います。
出典・参照:
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。



