中国の学習塾規制「双減政策」で窮地に陥った教育大手が、ライブコマースで復活した理由【世界のDX潮流】

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規制1つで、それまで成長を続けてきた業界が一夜にして市場を失うことがあります。中国政府が2021年に打ち出した学習塾規制「双減政策」は、まさにそうした変化を教育業界にもたらしました。

この規制によって、中国国内の教育関連株価は急落し、業界大手の一角が姿を消す事態をも巻き起こしました。しかし、一方で、同じ規制のもとで事業そのものを作り替え、再び存在感を取り戻した企業もあったのです。

この記事では、窮地に立たされた中国の教育大手・新東方教育科技集団が、塾講師をライブコマースの「顔」に変えて事業を再生させた経緯を紹介し、規制や市場環境が激変したとき、企業は何を手がかりに生き残りを図れるのかを考えます。

【本記事の要点】

  • 中国政府は2021年7月、学習塾業界を対象とする「双減政策」を発表した
  • 規制発表後、教育業界には株価急落や経営破綻が相次いだ
  • 新東方教育科技集団は、塾講師をライブコマース事業へ転身させて事業を再生させた
  • その成功を支えたのは、塾講師が培っていた「伝える力」と「信頼」という汎用的な能力だった
  • 同様にテクノロジーを軸にした事業転換を図る教育企業が他にも複数見られる

中国政府が学習塾業界に突きつけた「双減政策」

非営利化、資本規制、広告規制によって学習塾市場の構造が変化する様子

2021年7月、中国政府は義務教育段階(小中学校)の児童・生徒を対象に、国語・数学・英語といった主要科目の学習塾を非営利化する方針を打ち出しました。いわゆる「双減政策」です。

  • 教育コンテンツへの規制強化
  • 学習塾への資本投入の厳しい制限
  • 広告規制

双減政策は、これらを柱とし、素質教育の強化と家庭の教育費負担の軽減を目的としたものでした。この規制によって市場そのものが縮小したとき、そのなかにいた企業がどのように行動したのでしょうか。次章以降で詳しくこの潮流を紐解きます。

業界を襲った経営破綻の連鎖

学習塾市場の縮小が教育企業の事業縮小や撤退へ連鎖する構造を示した図解

双減政策の発表後、中国の教育関連企業には大きな打撃が広がりました。学習塾業界で27年の歴史を持っていた大手「巨人教育」は、2021年8月31日に経営破綻を発表し、事業を終えています。同社に限らず、義務教育向けの学習塾という主力事業が規制の直接の対象となったことで、多くの教育企業が同時期に事業の縮小や撤退を迫られました

本記事で取り上げる新東方教育科技集団も、この流れからは例外でいることはできませんでした。同社は中国最大級の教育企業の1つでしたが、主力事業だった学習塾が非営利化の対象となり、既存の事業モデルそのものが成立しなくなるという窮地に立たされたのです。ですが、同社はピンチからのV時回復を演じてみせました。それが「ライブコマース事業への転身」という起死回生の策だったのです。次章で詳しく解説します。

塾講師がライブコマースの「顔」になった新東方の転身

塾講師の知識と伝える力を、商品を紹介するライブコマースへ転用した事業転換

窮地に立たされた新東方が選んだのは、学習塾で培ってきた人材を、まったく別の事業へ転用するという道でした。同社は、塾講師をライブコマース事業「東方甄选」へ参入させ、講師がそれぞれの得意分野の知識を生かしたトークで商品を紹介・販売する形式の配信を始めたのです。

この挑戦は、単なる商品紹介ではなく、講師の知識や語り口を楽しみながら「授業を受けながら商品を買える」ような体験として、視聴者からは好意的に受け止められ大きな話題を集めました。

実際の数字からも、その反応の大きさをうかがうことができます。東方甄选は2021年12月28日に配信を始めましたが、当初は元英語講師・董宇辉が担当する配信でも視聴者が5人程度という時期がありました。しかし、転機になったのは2022年6月のことです。ステーキの選び方や関連する英語表現を紹介しながら商品を販売する配信が中国のSNSで拡散されました。

このことにより、同配信は多くの視聴者からの注目を集め、同年6月27日までの約2週間強で、董宇辉のフォロワー数は680万人から2000万人近くまで急増。この間の売上は直近2ヶ月の約12倍にあたる6億8000万元を超えたのです。

さらに、この勢いは一過性のものではなく、2023年5月期(2022年6月〜2023年5月)通期でも、東方甄选の総収入は45.1億元(前年同期比651%増)、純利益は9.71億元となり、前年の赤字(5.34億元の損失)から黒字転換を果たしました

学習塾講師という人材が持つ「知識をわかりやすく伝える力」を、教育とは別の収益モデルへ転用したという構造そのものは、規制で市場を失った企業の再生事例として注目に値します。

出典・参照:

なぜ塾講師の「知識」はライブコマースで通用したのか

塾講師の専門知識、分かりやすく伝える力、視聴者を引きつける力、信頼関係がライブコマースへ転用される流れ

ライブコマース自体は、中国国内にすでに無数の配信者がひしめく激戦区でした。ただし、多くの配信は、価格の安さを連呼し、視聴者の「今だけ」という購買心理を煽る形式が主流でした。

そうした市場に、新東方の元塾講師たちが持ち込んだのは、価格ではなく知識で視聴者の関心を引くという、異なるアプローチでした。前述のステーキの配信も、値引き幅ではなく、部位の呼び方や関連する英語表現を教えるという構成で支持を集めています。つまり、視聴者が対価を払っていたのは、厳密には「商品そのもの」というより、「その商品を選ぶための判断材料や、ついでに得られる知識」だったと捉えることができます。

ここから見えてくるのは、塾講師という職業が本来持っていた能力の中身です。それは、英語や数学といった特定科目の専門知識そのものではなく、次のような能力だったのだと推測できます。

  • 未知の情報を初心者にもわかる形へ組み立て直す力
  • 画面の前で視聴者の関心を長時間途切れさせずに引きつけ続ける力
  • 「先生」という立場に対して視聴者があらかじめ抱いている信頼を土台にする力

この3つは、教える対象が英語であってもステーキであっても、同じように機能します。

新東方は、学習塾という「事業」を、ライブコマースという別の「事業」へ置き換えただけではありません。学習塾という事業のなかで蓄積されてきた「人材の能力」を分解し、そのうち規制の対象にならなかった、知識を伝える技術や視聴者との信頼関係の築き方だけを取り出して、別の収益源へ移植したのです。

言い換えれば、双減政策が奪ったのは「学習塾という事業の形」であって、その事業のなかで人材が培ってきた能力そのものではなかった、という見方もできるのではないでしょうか。

なお、ライブコマースについての詳細は、DXportal®の姉妹サイト【MUブログ】のこちらの記事を参考にしてください。

教育大手に広がるテクノロジー転換という潮流

AI学習、スマートピアノ、オンライン絵画、教育用ハードへ広がる教育企業の事業転換

新東方の事例は、単独の特殊なケースではありません。同じ双減政策の影響を受けた他の教育企業でも、クラウドやAI、ハードウェアを軸にした事業への転換が進んでいます。

  • アイフライテック:手書き文字の読み取りや音声認識でAIが学習者の弱点を把握し、問題を自動出題するAI学習タブレットを展開
  • TheONE:鍵盤に光を照射して弾くタイミングを示す方式のスマートピアノレッスンを展開
  • Artworld:iPad用スタンドを活用し、教師がリアルタイムで添削・アドバイスをおこなうオンライン絵画レッスンを展開
  • DJI:プログラマブルドローンやロボットなど、教育用ハードウェア製品を展開

各社の詳細な業績数値までは確認できていませんが、複数の教育企業が同じ時期に、対面の学習塾という事業モデルから、クラウド・AI・ハードウェアを組み合わせた別の事業モデルへと軸足を移している傾向は、業界的な潮流としてとらえることができます。

日本企業への示唆:この事例から何を読み取れるか

既存事業が失われても、社内人材の説明力、専門知識、顧客との信頼を棚卸しして新事業へ移す考え方

新東方の事例を、そのまま「日本企業もライブコマースへ進出すべきだ」という話として受け取るのは、おそらく論点がずれています。注目すべきは業態の選択そのものではなく、規制や市場の急変によって「事業」が失われたときに、その事業の内側に蓄積されていた「人材の能力」まで一緒に失われるとは限らない、という視点のほうです。

日本の中小企業においても、主力事業が法改正や市場縮小、取引先の方針転換などによって成り立たなくなる場面は起こり得ます。そのとき経営者がまず目を向けるのは、「この事業をどう畳むか」「代わりにどの事業を始めるか」という、事業単位での意思決定になりがちです。

しかし新東方の事例が示しているのは、その手前にもう一段別の問いを置けるのではないか、ということです。すなわち、いま社内にいる人材は、その事業のなかで具体的にどのような能力を培ってきたのか。そして、その能力は事業の看板を外しても、別の文脈で価値を持ちうるものなのか、という問いです。

とりわけ、対面での説明力や顧客との継続的な信頼関係の構築、専門知識をわかりやすく翻訳する力といった、特定の業界知識に閉じない「汎用性の高い人的資本」は、事業モデルが変わっても十分な力を発揮しやすい資産です。逆にいえば、こうした能力の棚卸しを普段から行っていない組織ほど、事業環境が急変したときに、優秀な人材を事業と一緒に手放してしまうリスクを抱えているのではないでしょうか。

自社の主力事業が立ち行かなくなったとき、そこで働く人材が実際に培ってきた能力とは何なのか。そしてその能力は、いまの事業の形を離れても通用するものなのか。新東方の事例は、そうした問いを立てておくことの意味を教えてくれます。

まとめ:規制による市場消失は、事業モデル再定義の起点になる

中国政府が2021年7月に打ち出した「双減政策」は、学習塾業界の市場構造を一変させました。業界大手の一角である巨人教育は経営破綻に追い込まれた一方、新東方教育科技集団は、塾講師の知識やトーク力をライブコマース事業へ転用し、事業を再生させています。

この転身は「事業の撤退」ではなく、規制の対象にならなかった人材の能力を別の収益源へ転用した事例として読み解くことができます。同時に、アイフライテックやTheONEなど、他の教育企業でもクラウド・AI・ハードウェアを軸にした同様の事業転換が進んでいます。

規制や市場環境の急変は、多くの企業にとって「終わり」を意味します。しかし、新東方の事例が示しているのは、既存の人材が培ってきたスキルや知識を、別の収益モデルへ転用できないかという視点そのものが、事業モデルを再定義する手がかりになりうるということです。

貴社では、事業環境が大きく変化したとき、いま社内にある人材のスキルを、どのような形で別の形に転用できるでしょうか。今この時に、この問題に正面から向き合ってみる価値はありそうです。

DXportal®編集部

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