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「AIで記事を書くようになると、文章力が弱くなりませんか」
編集の現場にいると、私のもとにはそんな質問がよく届きます。便利な仕組みに判断を委ねるほど、私たちは自分の中の何かを手放しているのではないか。そう感じたことは、AIに限らず誰しも一度はあるのではないでしょうか。
実は、この違和感の正体を考えるヒントは、AIよりずっと身近な場所にあります。スマートフォンの地図アプリでお目当ての店を探す時、以前も来たはずの道なのに、充電が切れた途端、次の角をどちらに曲がればいいのか分からなくなった。あなたには、こんな経験はないでしょうか。
地図アプリやカーナビは、かつてないほど正確に、私たちを目的地まで導いてくれます。それなのに、その正確な案内がないと、途端に自分の感覚に自信が持てなくなる。便利になったはずなのに、心もとなさが増しているように感じるのはなぜでしょうか。
本記事では、この違和感の正体を、GPSと空間認知に関する研究、航空業界の自動操縦、そして私たちの生活に急速に浸透しつつあるAIまで、いくつもの分野に共通する構造から、私なりに考えてみたいと思います。
【本記事の要点】
- 空間を記憶する力は使えば伸びるという証拠が、特殊な訓練を受けた人を対象にした研究で確認されている
- GPSの習慣的な使用と、自分の力で道を覚える力の低下には相関が見られるが、研究者自身が小規模な調査であることや断定できないことを明記している
- 同じ構造の問題が、航空業界の自動操縦とパイロットの技能低下という、別の分野・より公式な形でも確認されている
- 便利な仕組みに判断を委ねるほど、その判断を担っていた人自身の力が育つ機会を失っていくという構造は、企業のDXにも、そして急速に広がるAIの活用にも当てはまる
不正確な地図しかなかった時代、人はどうやってたどり着いていたか
正確な地図や測位技術がなかった時代、人はどうやって見知らぬ土地や海を渡っていたのでしょうか。
古くから船乗りが頼りにしたのは、推測航法と呼ばれる方法でした。進んだ速さと方角、経過した時間から現在地を計算で割り出すのですが、この方法は誤差が少しずつ積み重なっていく、決して正確とは言えない技術です。これに、北極星や星座を頼りにする天体航法、海岸線の地形を目印にする沿岸航法を組み合わせ、道具の不正確さを自分の経験と勘で補いながら、人は目的地へたどり着いていました。
つまり、人類の歴史のほとんどにおいて、正確な道具の代わりにあったのは、自分自身の内側にある感覚と記憶だったのです。衛星を使って現在地を正確に割り出せるようになったのは、この長い歴史全体から見ればごく最近のことにすぎません。
「使えば伸びる」証拠と、便利さが静かに奪ってきたもの
自分の感覚を使って道を覚えるという営みは、脳にどんな影響を与えるのでしょうか。まず研究が示す「使えば伸びる」という証拠を確認したうえで、私たちがすでに日常の中で何を手放してきたのかを振り返ってみたいと思います。
記憶や空間認知の力は、使えば脳を変える
ここでは方向の異なる2つの研究を紹介します。
1つは、ロンドンのタクシー運転手を対象にした研究です。ロンドンでタクシー運転手になるには、市内の道を隅々まで記憶する「The Knowledge」と呼ばれる試験に合格する必要があります。神経科学者エレノア・マグワイアらの研究によると、この試験に合格した運転手は、不合格だった人や受験していない人と比べて、記憶や空間認知を司る脳の部位である海馬の後方部分が有意に大きいことが分かりました。
これは、大量の空間情報を意識的に記憶する訓練によって、脳が実際に変化するという可塑性の証拠です。ただし、これはあくまで何年もかけて都市全体を暗記するという特殊な訓練の結果であり、日常的なあらゆる能力に同じことが当てはまるという証拠ではありません。
もう1つは、GPSの使用習慣と空間記憶の関係を調べた、カナダ・マギル大学の研究です。健常な成人ドライバーを対象にした調査によると、生涯を通じたGPSの使用時間が長い人ほど、GPSを使わずに自分の力で道を探すときの空間記憶の成績が低い傾向が見られました。
GPSを使うほど、道を覚える力は静かに失われていく
さらに、同じ参加者を3年後に再調査したところ、この間にGPSの使用量が増えた人ほど、空間記憶の低下も大きいという事もわかりました。つまり、研究者らの立てた推論はこうです。
「方向感覚が元々悪い人ほどGPSに頼るようになったのではなく、GPSの使用が先にあり、その後で空間記憶が低下しているのではないか」
この推論は、まさにデジタル機器を使いこなす、現代人のライフスタイルがもたらす弊害を見事に言い表しているのではないでしょうか。
ただし、この研究の著者ら自身が、調査した人数が少ないこと、見かけ上の関係にすぎない可能性を排除しきれないことを明記しており、断定的な証明として扱うには注意が必要です。さらに、ここで示されているのは、GPSを1回使っただけで能力が落ちるという即効性のある話ではなく、何年もの習慣的な使用の末に見えてくる、緩やかで積み重なる関係だという点も見落とせません。
この2つの研究から言えるのは、「使わなければ衰える」という一般法則がすべての能力に万能に成り立つということではありません。それでも、少なくとも空間を記憶する力に関しては、使う機会が多いほど育ち、使う機会が減るほど育ちにくくなる、という緩やかな関係を示唆する研究があるというのは興味深い事実ではないでしょうか。
出典・参照:
電卓、携帯電話、ワープロ :私たちはすでに何度も同じ代償を払ってきた
ここまでは学術研究の話でしたが、似たような感覚は、私たちの日常にもすでに心当たりがあるはずです。
- 電卓を使うようになって、暗算がおぼつかなくなった
- 携帯電話を持つようになって、以前は諳んじていた家族や友人、恋人の電話番号を、いつの間にか覚えなくなった
- ワープロやパソコンで文章を書くのが当たり前になって、漢字が書けなくなった
こうした現象は、読者のみなさんも実感として感じていることではないでしょうか。私自身、メモを取っているときなどに簡単な漢字が思い浮かばず、スマートフォンで入力して変換候補を見て初めて思い出すことがよくあります。程度の差こそあれ、似たような実感を持つ方は少なくないはずです。
これらは、GPSや自動操縦の話と地続きの現象です。電卓もスマートフォンもワープロも、私たちの生活を大きく便利にしてきました。その一方で、計算する、記憶する、漢字を書くという、かつては誰もが日常的に使っていた力を、使う機会そのものが減ったことで、少しずつ手放してきたとも言えます。生活環境がDX化され便利になっていく過程には、こうした「代償」が静かに伴ってきたのではないでしょうか。
同じ構造の問題が、空の上でも独立して確認されていた
GPSの研究だけでは、心もとなさの正体を語りきるには材料が足りません。ですが、まったく別の分野で、よく似た構造の問題が、より公式な形で確認されています。それが、航空業界における、自動操縦とパイロットの手動操縦技能の関係です。
現代の旅客機は、離陸から着陸まで、自動操縦にかなりの部分を任せられるようになっています。しかし米国連邦航空局(FAA)は、自動操縦への依存度が高まるほど、パイロットが手動で飛行機を操縦する技能が低下し、自動化が想定どおりに働かなかった際の対応力が落ちるという問題を、公式に認めています。手動操縦の練習機会そのものが減っていくことが、技能低下につながっているという指摘です。
ただし、この状況を受けてFAAが打ち出した方針は、「自動化をやめる」ということではありませんでした。それよりも「操縦の自動化には、より多くのパイロット訓練が必要である」という考え方のもと、パイロットが自動化に頼りきらず、手動操縦の技能を意図的に保つための訓練を強化する方向へ舵を切ったのです。
GPSと空間記憶の関係は、相関を示す学術研究の域を出ません。しかし航空業界の自動操縦の問題は、規制当局が安全上の課題として公式に認め、対策を講じているという、より重みのある事実です。分野も証拠の性質もまったく異なる2つの領域で、「便利で正確な仕組みに判断を委ねるほど、それを担っていた人自身の技能を使う機会が減っていく」という同じ構造が、独立して確認されていることになります。
出典・参照:
DXが企業から奪っているかもしれないものに、私たちは気づいているか
最後に、GPSと自動操縦、この2つに共通する構造を、企業のDXに当てはめて考えてみましょう。
判断を任せるほど、経験を積む機会も失われる
DXが進むと、これまで人が経験と勘で下していた判断の多くが、システムによる自動判定や需要予測、異常検知などに置き換わっていきます。
- 承認業務
- 在庫の発注判断
- 問い合わせへの一次対応
こうした業務が自動化されるほど、現場の負荷は目に見えて軽くなります。
ただし、パイロットの手動操縦技能の例が示しているのは、自動化された業務ほど、それを人が自分の判断で行う機会そのものが減っていくという事実です。判断を積み重ねる経験がなければ、その判断力は育ちません。ふだんは自動化された仕組みが正しく機能していても、システムが想定外の判断ミスを起こしたときや、システムが停止したとき、その判断を引き継げる人が現場に残っているかどうかは、また別の問題です。
AIは「文章力を奪う」のか?編集の現場で答えていること
同じ問いは、いまや私自身の仕事のすぐそばにもあります。AIの利用は急速に広がっており、私のもとにも、AIを使っていないWebライター初心者の方から「AIで記事を書くようになると、文章力が弱くなりませんか」という質問が届くことがあります。
これは、ある意味では真実だと思います。ただ、その質問への私の答えはいつも同じです。FAAが自動操縦について出した結論と同じように、AIの利用によって文章力、ひいては思考力の一部が鈍る面があることは認めたうえで、それに代わる「文章を磨く力」を育てればいい、というものです。
さらに言えば、「何をAIに書かせるか」を決めるのは人間です。AIの上流と下流、つまり何を書かせ、出てきたものをどう仕上げるかを人間が押さえておくことが重要なのだと考えています。実際、この記事も一通りの下書きはAIに書かせていますが、その切り口を考えたのは私ですし、AIが書いた原稿を最終的に調整し、加筆・修正を施したのも私です。
AIはすでに私たちの生活に深く浸透しつつあります。文章力が落ちるかもしれないからAIを使わない、という選択をするのはナンセンスであり、一部にそうしたリスクがあることを認めつつ、新しいAI時代に即した自分自身の力を育てる努力をするべきなのだと、私は考えています。
つまり、GPSと空間を記憶する力の相関関係を考えることは、自動化やDXそのものを否定する話ではないのです。今やGPSを使わずに旅をしろというのが非現実的であるのと同じように、便利な仕組みを手放す必要はないはずです。GPSを「道を覚えなくなるから使わない」のではなく、その便利さを認めたうえで、人間が他に頭を使うべき領域を見極めることが重要なのではないでしょうか。
DXを推進する過程で、どの業務を自動化するかを決めるとき、「この判断は、誰かが経験を積み続けるべき業務ではないか」という問いを、一度差し挟んでみる余地はあるかもしれません。便利さと引き換えに何を手放しているのかに気づいているかどうかで、その後の備え方は変わってくるはずです。
まとめ:便利さと引き換えに、何を手放しているか
空間を記憶する力は、使えば伸びるという証拠が、特殊な訓練を積んだ人を対象にした研究で確認されてきました。GPSの習慣的な使用と空間記憶の低下には相関が見られ、研究者自身は小規模な調査であることや断定できないことを明記していますが、効果は緩やかに積み重なるものだと考えられます。電卓や携帯電話、ワープロの普及もまた、同じ構造の中で、暗算力や記憶力、漢字を書く力を少しずつ手放させてきたのではないでしょうか。
同じ構造の問題は、航空業界の自動操縦とパイロットの技能低下という、より公式な形でも独立して確認されています。便利な仕組みに判断を委ねるほど、それを担っていた人自身の力が育つ機会を失っていくという構造は、企業のDXにも、そして急速に広がるAIの活用にも当てはまりうるものです。
正確な地図も、自動操縦も、優れたDXシステムも、それ自体が悪いわけではありません。ただ、それらが私たちの代わりに判断してくれるようになるたびに、私たち自身が判断する機会は、その分だけ確実に減っています。その事実を、時々思い出してみる価値はありそうです。
執筆者
DXportal編集長
町田 英伸
自営での店舗運営を含め26年間の飲食業界にてマネージャー職を歴任後、Webライターとして独立。現在はIT系を中心に各種メディアで執筆の傍ら、飲食店のDX導入に関してのアドバイザーとしても活動中。『DXportal®』では、編集長としてすべての記事の企画、及び執筆管理を担当。特に店舗型ビジネスのデジタル変革に関しての取り組みを得意とする。「50s.YOKOHAMA」所属。



